2014年4月30日水曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗~第一章」を読んで

 おはようございます。
昨日、国の有形文化財に築100年になる井上家住宅滴翠園(大分県日田市鶴ケ内)を見にいきましたが、日本の木造建築は、持続可能なものであり、その技術は後世に引き継いでいかなければなりません。まさに温故知新のこころがあるように思いました。


さて、中野東禅先生監修の「図解 早わかり!道元と曹洞宗」を読んで、第一章から読後感想を書いて、皆さんと一緒に勉強できたらと思っています。

お釈迦様も道元さんも出家して仏道修行をすることを奨めたわけですが、現代社会でそれができるかというとはなはな難しいと思うのです。なぜ出家しなければならないのか、それはこの世のしがらみをもったまま、修行するには困難が伴うからです。

この世は洗汚な世界、生きていれば汚れてします。だからと言って、山川幽谷の地にはいることが可能でない人がほとんどいないのです。この世のしがらみのなかで生き、そのことも修行とし、そして寂静の世界を得るために仏道を志すものではないでしょうか。私はそれを「在家禅」と名づけたいと思っています。

この本に戻りますと、ほとんど方が曹洞宗のお寺が全国に約1万5千寺もあることを知らないのではないでしょうか。凄いですよね。曹洞宗と道元さんの教えは「仏様にあこがれ、ただひたすら座禅をする」ことなのです。

座禅とヨーガの違いを図解していますが、これもわかりやすいですね。日本にヨガを持って帰った人は中村天風先生ですが、天風会の修練会での座禅・瞑想について、詳細は言いませんが、「神人一如」と言いますから、神と一体になることかかもしれません。

「座禅は無念無想でひたすら座り、煩悩から解放されて「さとり」を体得する事」と書いています。天風会の座禅瞑想もこような要素も取り入れていますが、座禅するすることで、この世の煩わしさやしがらみ、また煩悩からくるのぼせから解放されることがまずは大事なことだと思います。

在家禅では、毎日の早朝座禅と就寝前座禅を最低限としています。まずは座禅をしてみませんか。これほど簡単で、いつでもどこでもできてお金もかかりません。

臨済宗の修行にも行きましたが、大変厳しいです。「公案」というものを出され、禅問答がありますが、曹洞宗は、「座禅をしている姿がそのものがさとりの姿であるとして、ただ黙々と座ります。」仏像を見るとほとんどがそのようなお姿をしています。

また私たちは毎日食事をいただいていますが、この食事の作法を書き記したのも道元さんです。食事をすることは生きとし生けるものの「命をいただく」ということです。食事も掃除も仕事も、「今やるべきことを全力で行う、これが後悔のない生き方」だと書いているのです。

この本は在家禅を提唱しているものではありませんが、座禅を実行していけば、お釈迦様の在家の弟子であった維摩のように、物心ともに豊かで、さとりを得ることもできるのです。それでは皆様のご健勝を祈りつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。





2014年4月28日月曜日

びっくり!「図解 早わかり!道元と曹洞宗」

 おはようございます。
巷では、GWはどこへ行くかなどのニュースがあふれていますね。そんなあなたに読みやすく、どこでもいつでも読めて、心が静まる本がでました。「図解 早わかり!道元と曹洞宗」ですが、知的生き方文庫からたったの590円、びっくりです。

監修は、わが師である中野東禅先生であります。先生は現在、曹洞宗総合研究センター教化研修部門講師でもあり、私はかねてより先生の書籍の読者であり、東京国際仏教塾の曹洞宗コースで先生よりご教授いただきました。

道元さん、気難しそうだなとか、道元さんの書いた「正法眼蔵」などちんぷんかんぷんでまったくわからないと思っている人。ましてや座禅などしたことがないし、禅ってなぁ~に、さらに曹洞宗ってそんな仏教の宗派があったのと思っているあなた。

あるいはまた、今、惰性で生きていると思っている人、上司のいうがままのイエスマンに成り下がって会社にしがみついている人、主人の給料だけでは食べていけずパートであくせく働いている人、目的もなく大学に入り、親の仕送りでスネをかじっている学生さんなどなど、この本をなにげなく読むと、人生のこたえをみいだせると思いますよ。


~はじめに~から

仏教の開祖であるお釈迦様が、座禅によって「さとり」を得たと知っていましたか。「禅とは、あるがままの自分を取り戻し、幸せに生きる方法」で、そのための具体的な修行が座禅なのです。

座禅は寺に行かないとできないものではないし、毎朝、起きて顔を洗って、歯を磨き、そして自分の部屋で静かに座る、それでできるのです。5分、10分、15分、20分と少しづつ時間を増やしていけば慣れてきます。最初は落ち着かないかもしれませんが、むしろ気持ちがよくなります。

道元さんは「只管打座」という「ただひたすら座ること」を奨めたのです。たとえばアップル創業者の故スティーブジョブスさんが熱心な禅の愛好者であったことはご存知ですか。ヨーロッパ、アメリカでは、日本以上に座禅を日常的にしている方が多いのです。

留学してあるいは海外勤務になって、座禅を知らないと、大恥をかきますよ。まずはこの本を読んで見る、そうすると角が取れ、円くなり、心が磨かれていくことに実感できると思います。

私は自己投資をしない人を信用しないことにしています。本を読むことは自己投資の始まりです。会社の研修だけに頼っている人間で大きくなった人を見たことがありません。それは「水」を求めていないからです。

それでは、あなたの人生がより一層輝きますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年4月25日金曜日

顕徳坊浄玄はなぜ遊行の旅にでたのか?

 おはようございます。
初めてこのブログを読む方は、顕徳坊浄玄(1733~1812年)が誰だかわからないと思いますが、江戸時代、米沢藩から出家し、豊後(大分県)の天瀬で生涯を閉じた無冠の修行僧だといわれていますが、前回、ブログで述べたように、上杉鷹山の家来で、鷹山の藩政改革に尽力した武士だと思います。

本日の大分合同新聞の顕徳坊尊まつりについての記事がでていますが、小生の意見も載せてくれいます。


さて、顕徳坊浄玄は豊後天ケ瀬で亡くなったのは、古希を過ぎた79歳でした。どうして高齢なのにこのような旅にでて、この地で生涯を閉じたのでしょうか。それは遊行の思想がこのころからあったからです。

おそらく、米沢を出たのは70歳の古希の祝いをすませ、家督を息子に譲り、旅立ったのではないでしょうか。遊行については五木寛之さんが「遊行の門」(徳間書店)で次のように書いています。

「 『遊行期』とは、人生の最後のしめくくりである死への道行きであるとともに、幼い子供の心に還っていくなつかしい季節でもある。
 旅とは行きっぱなしのことではない。旅立った者は帰るのだ。
・・・・
 この世に生を受けた人間は、ちゃんと世を去ってこそ人生である。そのしめくくりが遊行期であり、人生においてもっとも重要な季節といえるだろう。
 遊びにでた者は、いつかは帰らなければならない。」

「 すべての人が、いずれ「林住期」を終えて「遊行」の季節に入る。「行」は「業」ではない。「修業」は技術であり、職業訓練ではあるが、「修行」は見えない大事なものを捜す旅である。「遊び」も「行」だ、と思いたい。
 人は遊行の門をくぐって出発し、ふたたび遊行の門をくぐって還る。
 人の一生とは、そういうものなのではあるまいか。」 ー遊行の門 五木寛之著 徳間書店


今、流行り?の「終活」はまさに遊行であるわけですが、もっと精神的な、奥深い魂の故郷を求めて、旅立つものだと思います。顕徳坊浄玄は、古希を過ぎ、残された時間は御仏から頂いたもの、自らの浄化の旅にでたのではないでしょうか。

その思想はお遍路と同じだと言えましょう。少年時代、どこの家も犬を番犬として飼っていました。犬は老齢になると離し飼いをしていましたので、自然にいなくなるのです。そしてどこにいったかもわかりませんし、その死骸をみることもありませんでした。

人間にも同様の自然な行為がインプットされているのかもしれません。顕徳坊浄玄は二度と米沢に戻ることのない旅に出たのです。人はみな、魂の故郷へ帰る準備をしなければなりません。還暦をすぎたら人生を、生と死を見つめてみませんか。

それでは皆様の遊行の旅立ちのご無事を祈りつつ 南無 合掌 徳温禅月。




2014年4月24日木曜日

いのちをお預かりしている仕事・事業

 おはようございます。
韓国珍島沖での旅客船の沈没事故で亡くなれた方々のご冥福をお祈りします。そして一人でも多くの方が救助されることをお祈りするばかりです。また、日本国内でも高速道におけるバス事故、マレーシア航空機事故など、これほど多くの人命がなんらかの人的な原因で失われています。

今、世界で起きている事故は、どうしておきるのでしょうか。人のいのちを預かる仕事や事業をされている方々の心構えといいますか、覚悟と言いますか、そういうものが薄らいでいるのではないでしょうか。それは人命にたいする軽視につながっていると思います。

さて、人の命を預かる仕事や事業を見てみると、バスや列車などの交通機関の運転手、航空機のパイロット、旅客船の航海士、旅館やホテル事業など直接かかわっているものだけでも数え上げることができます。

そして、その責任を全うして方々が大部分なのです。仕事に誇りを持って、その職務を全うしていただいております。しかし今回の旅客船沈没事故から伝わってくるニュースを聞いていると、あきらかに常識を逸した船舶会社の利益追求の犠牲になっているとしか思われません。

既定の三倍以上の積み荷をしていたとか、船長ではなく三等航海士に舵を任せていたとか、船員が救助活動をせずにお客様をほったらかして逃げたとか、経済性の追求の中で、失ってはいけないいのちへの崇高な思いが薄れてしまっているとしか思えません。

人のいのちを預かる仕事をしている人は、自分のいのち以上に、あらゆる危険から人々を守らなければならない責務があります。それは、宗教者がもっとも重くのしかかるものでしょう。事業家は、常にもしものことを想定し、事業内容から労務管理にいたるまで細心の注意をしなければなりません。

もし、このような事故が起きたら、すべての償いをしなければいけないことを肝に命じておかなければなりません。ある会社の会長さんが存命中に、新規事業に挑戦することはいいが、バス事業やホテルなどのいのちをお預かる事業はしないでくれと言ったことをいつも思い出します。

それは、やはり事業家として責任が負えないことを知っていたからではないでしょうか。まさに一人一人のいのちは地球より重いことをいつも思い、職務を遂行しなければなりません。このような事故が二度と起きないように、あらゆる危険を察知して、危険を及ぼす行為は断固してしないという自己誓約をすべての人がしなければなりません。

亡くなれた方々は、どれだけ苦しかったでしょうか、どれほど無念でしたでしょうか。どうぞ御仏が癒してくださいますようにとお祈りしたします。南~無 合掌 徳温禅月。






2014年4月22日火曜日

顕徳坊尊は上杉鷹山の家来かⅡ~顕徳坊尊まつり~

 おはようございます。
20日、大分県日田市天瀬町湯山長美野にある顕徳坊尊さんのご供養を執り行う、祀りがありました。地元の住民など40名近くの方が参加していました。顕徳坊尊とは、戒名を浄玄といい、出羽国米沢領田沢村より遊行の果て、文化九年(1812年)にこの地で亡くなりました。


私は、二百年余りに渡って、村人がなぜ顕徳坊尊浄玄さんを手厚く葬り、祀ってきたか疑問に思い調べてみました。


年代を調べてみると、上杉治憲鷹山さんと附合していたので、驚きました。つまり浄玄さんは、上杉鷹山の家来で、鷹山の藩政改革に尽力した下級武士と思われます。半士半農であったため、農業や林業にも精通していたと思われます。

江戸時代は、勝手に藩を出て、旅をすることはできず、藩主の許可を取って、通行手形を発行してもらうのですが、おそらく35年に及ぶ開墾事業を継承し、七十歳で隠居して全国遊行の旅に出たものと思われます。

浄玄さんは、なぜ天瀬の人に慕われ、尊敬され、祀られたのかを考えると、まずは、仏教修行者として加持祈祷が出来て、病を治す力を有していたかもしれません。次に、前文で述べたように、藩政改革にかかわって、農業や林業のすべを知っていたので、天瀬の住民に教えたのではないでしょうか。

代官の悪政に苦しみ農民に、隠れ田の必要と、米以外に、はぜの植林を教え、ろうそくを作り、それを高塚地蔵尊で売り、生活の糧にするように言ったとしたら、今も続く高塚地蔵尊の露天は江戸時代からあったものと思われます。


穴井六郎衛門さんたちの斬首から七十年後の天瀬はまたもや飢饉で苦しんでいたと思われます。そのときに一条の光明をもたらしのが浄玄こと顕徳坊尊さんなのです。明治になって、竹槍騒動をおこし蜂起しますが、天領時代からの圧政のなかで反骨精神が育ったのではないでしょうか。今は薄れているようですが・・・。

それでは顕徳坊尊浄玄さんのご供養をお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。






2014年4月21日月曜日

豊後森駅~水戸岡ワールド~

 おはようございます。
先日、玖珠・湯布院に御用で行った折、どうしても豊後森駅を見たいと思っていましたので、お立ち寄りしました。本当はJR久大線で、「ななつ星」気分で沿線の風景を見ながら行きたったのですが、次回はそのようにしたいと思います。



森の中の「お宿」と思いました。水戸岡悦治先生が、監修しリニュアルしたのですが、この濃い茶の色が、渋くて落ち着きますね。


駅の玄関です。



駅内には、ゆっくり汽車を待つ雰囲気で、映画のいちシーンを見ているようですね。



玖珠から生んだ「日本のアンデルセン」とたたえられ、生涯を「子どもに夢を」と、童話を語り続けた久留島武彦翁の資料と作品が展示います。

豊後森駅のロゴマークがいいですね~。

水戸岡悦治先生が玖珠町をデザインするそうです。水戸岡ワールドを存分に発揮して、世界に発信してもらいたいと思います。皆様もJR九州久大線豊後森駅にお立ち寄りください。




2014年4月18日金曜日

生老病死~さまりくる病~

 おはようございます。
自然界の森羅万象にさからえないように、人間もまた他の動物同様、老いて衰えていき、病を持つようになります。私も、50歳をすぎて、肩こりがひどくなり、57歳の時に大腸ポリープがみつかり、良性でしたが、59歳の時は、大腸ポリープは悪性でした。摘出したのですが、どうもできやすい体質のようです。

若い時は、病気になるとか思いすらせず、深酒を飲んだり、喫煙していましたが、だんだんと体の衰えを感じるようになってくるのです。たまに病院に行くとお年寄りばかりでないかと思っていましたが、いつのまにかそのお年寄りの一員になっているのです。

先日、病院にエコー検査にいきましたら、胆嚢に胆石がたまり、腫瘍ができているようだと言われました。別にどうもないので本当かいなと思いつつ、次の言葉が頭をよぎるのです。それは「癌」ですね。

ところで胆石ってどうしてできるのでしょうか。ウキペディアによりますと、

「女性、肥満、中高年・高TG血症に多いとされ、経口避妊薬内服・急激なダイエットにも多いことが報告されている。また、胆石を保持している人の大半は、症状の無い無症状胆石で、人間ドックで発見されることも多く、胆石症の症状を起こす人は1~3%と言われている。また胆石が明らかな胆嚢癌を生じやすいという証拠はないが、胆嚢癌では高率に胆石が認められる。」

なおかつ腫瘍ができているとのことでしたが、

「胆嚢良性腫瘍のうち、治療の対象となるのは、症状があるものや、がんなどの悪性腫瘍が否定できないものです。
 症状がない場合に治療をどうするかのポイントは、ポリープ(腫瘍)の大きさ、形状、そして増大の経時的変化です。直径が10mm以下のものはがんになる可能性が非常に低いのですが、10mmを超えるとがんになる頻度が高くなり、20mmを超えるとがんである可能性が大きくなります。
 したがって、施設によるちがいもありますが、基本的には10mm未満とそれ以上に分け、10mm未満であれば3~6か月ごとに超音波検査を行なって増大の変化を観察し、直径が10mm以上の場合は、精査した後、腹腔鏡下胆嚢摘出術(ふくくうきょうかたんのうてきしゅつじゅつ)または開腹下胆嚢摘出術(かいふくかたんのうてきしゅつじゅつ)(胆石症の「治療」の外科的治療(手術))を行なうべきでしょう。腺筋腫症の場合は、症状があることが多く、手術することが多いようです。」

ということで、腹腔鏡下胆嚢摘出術をした方がよいと言われ、このようにネットで調べてみるとなるほどと思えるので、便利になったものです。来週はCTスキャンをする予定ですが、このさい開き直って検査しようと思いました。

それでは、皆様のご健康を祈りつつ、南~無 合掌 徳温禅月。