2014年5月30日金曜日

湯布院山荘無量塔~夏物語~

 おはようございます。
昨日は、由布院山荘無量塔へコーヒーを飲みに行きました。由布岳は、黄砂の影響でしょうか。かすみがかかっていましたが、ななつ星が通る久大線の向こうにそびえ立っていました。


まずは、由布院の町を車でぶらりして、山荘無量塔のアルテジオへ


theomurataです。




それから志津野さんとお話して、今度コンサートがあるそうです。そのコンサートには出ませんが、ふと思ったのは、矢野あいみさんのハープと歌が似合いそうなアルテジオですね。さて一旦外に出て、山荘無量塔へ。





この夏の緑と格調高い古民家風の建物、いいですね~。




中庭に水をまいていま~す。



庭園を眺めながら、コーヒーをいただきました。


たまには、由布院に行き、語らうのもいいですよ。では次回をお楽しみに。






2014年5月29日木曜日

「仏教聖典」を読む~最後の教え2~

 おはようございます。
昨日、大分県玖珠町にある万年山(はねやま1140m)に登りました。8合目まで車で行って、登って行くとすぐに、御仏が祀っていましたので、合掌しました。なぜか登山者のほとんどが高齢者のようでした。山頂付近の牧草地に一本の道が天空に続いていました。



さて、仏陀の教えですが、「もし教えのとおりに行うなら常に幸いに満たされるであろう。」と書いています。このことの確信を持つことが信仰です。

「教えのかなめは心を修めることにある。だから、欲をおさえて己に克つことに努めなければならない。身を正し、心を正し、ことばをまことあるものにしなければならない。貪ることをやめ、怒りをなくし、悪を遠ざけ、常に無常を忘れてならない。

もし心が邪悪に引かれ、欲にとらわれようとするなら、これをおさえなければならない。心に従わず、心の主となれ。

心は人を仏にし、また、畜生にする。迷って鬼となり、さとって仏と成るのもみな、この心のしわぜである。だから、よく心を正しくし、道に外れないよう努めるがよい。」~「仏教聖典」(仏教伝道協会)~

こういう人がいます。気の向くまま、思いのままに生きていると、こういう生き方を、惰性、怠惰といいます。人間は生を受けてから、人格を作り上げるために修行しなければ、いわゆる仏性も現れてこないのです。つまり、磨かなければダイヤでもただの石ころに見えるのです。

心に従ってなりません。こころを制御するのは己です。こころも肉体と一緒で、あなた次第なのです。そして、こころは奔放で、悪に惹かれやすいのです。こころの奴隷になってはいけません。

この文章はわかりやすいですね。あなたが幸福になるかどうかは、この教えを知って、守り行うことです。仏教聖典を何度も何度も読み返し、習い性にすることです。第二の天性にしましょう。それでは皆様の人生修行がより豊かなものでありますようにお祈りします。南無釈迦牟尼仏 合掌 徳温禅月。








2014年5月28日水曜日

「仏教聖典」を読む~最後の教え1~

 おはようございます。愚息の誕生日にこの「仏教聖典」文庫本を贈る為、さきほど5冊、アマゾンに注文しました。この世の中は、すぐそばにお金もさほどかからないで、「宝」があることに気がつかない人がうようよいます。

先日、役小角(行者)が開基したと言う大分県日田市大山町の烏宿神社(からどまりじんじゃ)に登り、釈迦岳がある前津江に向かう道すがらにありました、御仏に合掌しました。


さて、仏教聖典」の第一章、第二節は最後の教えとなっていますが、仏陀の生涯を語っていますので、涅槃寂静のまえに、弟子たちに語った釈尊の最後の教えが書いています。

「弟子たちよ、おまえたちは、おのおの自らを灯火とし、自らをよりどころとせよ、他を頼りにしてはならない。この法を灯火とし、よりどころとせよ、他の教えをよりどころとしてはならない。

わが身を見ては、その汚れを思って貪らず、苦しみも楽しみもともに苦しみの因(もと)であると思ってふけらず、わが心を観ては、その中に「我」はないと思い、それらに迷ってはならない。そうすれば、すべての苦しみを絶つことができる。わたしがこの世を去った後も、このように教えを守るならば、これこそわたしのまことの弟子である。」(「仏教聖典」仏教伝道協会)

仏陀=釈尊は、他のものに頼ってならないし、宇宙の法則であり、原理原則である法(ダルマ)をよりどころとしなさいと言っています。そして人生で修行して、他人ではなく、よく調えた自己をよりどころとしなさいと言っているのです。これこそが成功哲学です。

この考え方をしっかり持っていれば、マルチ商法に騙されたり、新興宗教の教祖にたぶらかされたり、愛欲の果てに、おんな、おとこに身を滅ぼすこともないでしょう。

厳然と働いている因果応報の原則、つまり原因と結果の法則がこの世のならわしであります。こころが煩悩にふりまわされると、深みから深みへと果しなく落ちていくのです。だからこそ煩悩を抑え、体を調え、呼吸を調え、こころを調えると、こころは静寂を保ち、煩悩の虜になることはなく、正常な判断と、決断をすることができるのです。

すべての人に平等に、必ず死が訪れます。それまでに悟りをえることが人生の目的ではないでしょうか。それでは皆様が素晴らしい人生を一歩一歩あゆむことができますようにお祈りいたします。南無釈迦牟尼仏 合掌 徳温禅月。





2014年5月26日月曜日

「仏教聖典」を読む~人生の意義~

 おはようございます。
沼田恵範氏の創業した(株)ミツトヨは連結で年商9500億円、従業員約5500人の世界に拠点を持つ精密測定機器の製造・販売の会社なのです。事業が仏教を根幹とする成功哲学・理念に証明されているのです。

このブログの読者の中には、経営者の方もおられましょうし、求道者もおられましょう。ぜひとも手元に「仏教聖典」をおいてください。この本はよくできていまして、巻末に生活索引というものがありまして、今問題になっている項目を読むことができます。またインターネットでも「仏教聖典」を読むことができます。
               東京三田にある仏教伝道協会・センタービル

大項目に「ほとけ」があり、第一章「史上の仏」で 「一、偉大な生涯」が書かれています。

「折から春の陽はうららかに、アショーカの花はうるわしく咲きにおっていた。妃は、右手をあげてその枝を手折ろうとし、そのせつなに王子を生んだ。天地は喜びの声をあげて母と子を祝福した。ときに四月八日であった。」

いい文章ですね。この一節に釈迦の誕生の様子がありありと見えてきますね。釈迦は仏陀としてうまれる星を持っていたと思うのです。なぜなら人はそれぞれミッションを与えられてこの世に生を受けてきていると思うのです。あなたもわたしもです。

釈迦は若い時から「沈思瞑想」して人生を見極めよう苦心した」のです。最初の悟りは、

 「人間が生きていることは。結局何かを求めていることにほかならない。しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。

 誤ったものを求めることと言うのは、自分が老いと病と死とを免れることを得ない者でありながら、老いず病まず死なないことを求めていることである。

 正しいものを求めことというのは、この誤りを悟って、老いと病と死を超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることである。今のわたしは、この誤ったものを求めている者にすぎない。」

 科学や医学が発達した現代社会では、STAP細胞などができれば、いつまでも若くいられるかのごとく思っている人がいます。死すら逃れられると豪語した先輩経営者がいましたが、愚か者を言わざるを得ません。

お釈迦様のこの痛烈な自己洞察こそ、すべての人間が、どんなに科学や医学は進歩しようが、必ず、年をとり老いて、病気を患い、死に至るからこそ、日常のなかで心身を静寂にする必要があるのです。

あなたもこの「仏教聖典」を手に取り、たった一度かぎりの、実り豊かな人生を歩んで欲しいと思う次第です。それでは、皆様が今日一日、安全無事でありますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。

108-0014 東京都港区芝4丁目3番14合 電話 03-3455-5853 FAX 03-3798-2758
                                        ※HPも検索できます。




2014年5月22日木曜日

「仏教聖典」を読む~世界最強の成功哲学~

」 おはようございます。
約2500年前、この地上にお生まれになったお釈迦様をブツダと言いますが、イエスキリストの事を書いたものが聖書で、お釈迦様の事を書いたのが、仏教伝道協会から出版されている仏教聖典であります。

大正14年に木津無庵氏が中心に書かれた「新約仏教聖典」をもとに、日本における有数の仏教学者が結集し、改定を重ね、今日の仏教聖典に仏陀の教えがまとめられました。仏陀の教えは、膨大な経典になっており、一般の人が読むのはとても大変なことです。


実業家であった株式会社ミツトヨの創業者である沼田恵範氏が浄財を投じ、財団法人仏教伝道協会を設立し、全世界にこの仏教聖典を普及するために尽力されました。現在二十二ヶ国語に翻訳され、聖書とともにホテルなどにもおかれています。

世界最強の成功哲学と言える仏教聖典は、巻末に書いていますが、「沼田恵範氏は、去る昭和九年に現在の事業を始めて以来、事業の繁栄は天・地・人により、また人間の完成は智慧と慈悲と勇気の三つが整ってのみできるものであるとして、技術の開発と心の開発をめざして会社を設立した。世界の平和は人間の完成によってのみ得られる。人間の完成をめざす宗教に仏教がある。」


今、世界を見渡すと、自国の国益のためには、戦争も辞さないという前近代的な考え方のリーダーたちがいることは目に見えています。家庭も智慧と慈悲と勇気を持った父や母がいれば、おのずと子供たちもその三つの要素を身につけます。会社もしかりで、社長がそうであれば社員もそうです。国もそうです。だからこそ世界最強の成功哲学はこの仏教聖典にあると言っても過言ではないのです。

この仏教聖典を皆様と共に学び、時間がかかりますが、次に聖書を取り上げ、宗教が人類史の中で相互に影響しあい、完成されていったかを最終的に理解することで、世界のすべての国々や人々が協力して世界平和を確立できることを願っています。

それでは、皆様との学びを楽しみして、連載して行きますのでお楽しみにして下さい。皆様の人生と事業のご成功を祈りつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。仏教聖典は、アマゾンなどでも買えますし、下記の財団法人仏教伝道協会でも購入できます。文庫本もあります。

108-0014 東京都港区芝4丁目3番14合 電話03-3455-5853 FAX03-3798-2758
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2014年5月20日火曜日

映画「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」を観て

  おはようございます。TVのCMで「ウッジョブ」が流れていたので、最初はグッジョブという番組であるのかと思っていましたが、これはCMであることがわかったのは2~3日してから、林業県おおいたの者としては見ておきたいと思い、早速家内を連れ出して、一時間かけて福岡県久留米市まで観に行きました。

原作の三浦しをんさんの作品として「舟を編む」などは聞いていたが読んだこともないし、ましてや矢口史靖監督など聞いたことが無いわけです。それがなぜ、「ウッジョブ」を見たくなったかというと、林業をどのように描いているか、今言われている「里山資本主義」との関係はと思いつつ、往復2時間もかけて隣県に足を運んだわけです。


スクリーンに広がる山々や谷は、いつもみる風景、しかしなぜか美しく見えるわけです。まむしがでてくるののも一緒、しかし主人公が耳に噛まれていたが、ほとんど死ぬと思うが、それが神がかりなのかもしれない。

さて、東京の若者が受験に失敗し、たまたま見た林業研修のパンフに長沢似の美人の女子が載っていたのが動機で、応募するわけです。ストーリーは観てもお楽しみですが、コミカルにかつ、林業の現場や、林業にかける人々の想いがつたわる作品ですね。

日本人が忘れかけている自然への畏敬の念や、人と人との情、生命の根源など、ちょっとした場面で思い出される。これから必要なのは、都会と田舎の共存ではないでしょうか。都会的な価値観を求めるのもいいですが、やはり人間は自然に戻るというか、田舎なるふるさとこそいのちの原点だと思うのです。

この映画は、おもしろいので、若い人もお年寄りも、観て、自分の生き方を考えて欲しいものです。ところで、神去(かむさり)村が出てくるのですが、大分県日田市には神来(かみく)町というのどかなところがあります。おそらくむかしは村ですが、神が去るのではなく神が来るほうが縁起がいいと思った次第です。

あなたも映画館に足を運んで、こんな純粋な映画を観てはどうでしょうか?それでは皆様のご健康をお祈りしつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。





2014年5月19日月曜日

ASKAにみる中高年の薬物依存

 おはようございます。
火のないところに煙はたたないと昔から言いますが、飛鳥涼(57歳)が覚醒剤所持で警視庁に逮捕されました。

gooニュース(時事通信)によりますと、
「人気男性デュオ「CHAGE and ASKA」のASKA容疑者(56)=本名・宮崎重明=らが覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された事件で、ASKA容疑者の尿から覚せい剤反応が出たことから、警視庁が覚せい剤使用容疑での立件を視野に捜査を進めていることが19日、同庁関係者への取材で分かった。
 警視庁の尿検査で、ASKA容疑者から覚せい剤と合成麻薬MDMAの陽性反応が出ている。
 ASKA容疑者の自宅(東京都目黒区)からは十数回分の量の覚せい剤とみられる粉末や、吸引に使ったとみられる器具が押収されており、警視庁は粉末や同容疑者の毛髪を鑑定し、覚せい剤成分が検出されるか調べる。
 また、吸引に使用した可能性がある器具に付着した唾液などのDNA鑑定を行い、ASKA容疑者の型と一致するか調べるとみられる。 」
彼はなぜ、覚醒剤に手を染め、薬物に依存していったのでしょうか。そしてそれは氷山の一角しかないのではと危惧するのです。先日も福岡県春日市の校長先生(57歳)が覚醒剤所持で逮捕されました。このような社会的な地位を築いた中高年が薬物に手を染めるのでしょうか。
日刊社会福祉ニュースによりますと
「平成22年に薬物事犯で検挙されたのは1万4536人で前年比2.7%減少したにもかかわらず、40代と50代以上がそれぞれ5.1%、8.2%増加したことが17日、警察庁のまとめで分かった。少年と20代はともに10%以上減っており、中高年への薬物の広がりがうかがわれる。薬物別の検挙者数は、覚醒剤が1万1999人で3%増になる一方、大麻は24.1%減の2216人だった。MDMAなどの合成麻薬も40%以上減の62人。覚醒剤の検挙者の年代別構成率は30代(36.1%)が最多だが、40代(27.4%)と50代以上(14.8%)は過去20年で最高になった。さらに、覚醒剤の50代以上の初犯者は334人で14.8%増加。20代までの若年層が6割を占める大麻でも、初犯者では40代以下の世代では大幅に減少しているのに対し、50代以上だけが増加するなど、新たに薬物に手を染める中高年が目立っている。」
50歳という年齢がどのような時期でしょうか。ひとつには、社会的な地位を築いたその延長にものごとを考えているのではないでしょうか。肉体的に衰えていっているにもかかわらず、いつまでも若くありたいと思っている。女性においては美熟女と言ってもてはやされる昨今。
性的に衰えていっているのに、社会の風潮に流されて、EDを飲んだり、年の差婚を当たり前のように肯定し、若い子を求めたりする。しかし自然界においてそのような年齢でしょうか。60歳を還暦と言って、折り返し地点と言ったのは、その後の人生を歩むターニングポイントを指し示したものです。
また、覚醒剤などの薬物依存まで行かなくても、齢をとってアルコール依存症や喫煙をやめられない人がたくさんいます。心身をむしばむようなことをいつまで続けるのでしょうか。挙句の果ては暴力をふるう人もいます。
人生には限りがあり、その齢に応じた生き方が必要なのではないでしょうか。インド哲学で言う、学生期、家住期、林住期、遊行期を考えると、50代は、人生の集大成にめざして、自分の人生を振り返り、残された人生をどうすごすかを考える時期ではないでしょうか。
論語では、四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。と言います。
さて皆さんはどう思いますか。このような機会に人生をじっくり考えて見てはどうでしょうか。それでは皆様の人生が実り多きものでありますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。
 

2014年5月16日金曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~8章「曹洞宗ゆかりのお寺をめぐってみよう」~

 おはようございます。
「図解 早わかり!道元と曹洞宗」を読んで感想文を書いてきましたが、おもしろかったでしょう。ぜひ590円払って買って読んで下さい。ところで最後の章は8章「曹洞宗ゆかりのお寺をめぐってみよう」です。

なんといっても、福井県にある深山幽谷に鎮座する根本道場「永平寺」ですね。同じ福井県にある「宝慶寺」。石川県にある総持寺租院も行ってみたいですね。横浜にある総持寺は、もうひとつの大本山で誰でも参禅することができます。

横浜市鶴見にある総持寺



青森県むつ市にある恐山(菩提寺)や東京豊島の高岩寺(とげぬき地蔵)、妙厳寺(豊川稲荷)などが曹洞宗のお寺だとは知りませんでした。ところでお寺は、聖域であることをご存知ですか。別の表現をすればパワースポットです。

機会があるたびに近くのお寺も行きますが、静寂と御仏のおちからを感じるのですが、どうも感じない人は、ただ鈍いだけです。たとえ観光であってもお寺に行くことをお薦めしますね。心身を浄めてくれると思いませんか。出雲大社や伊勢神宮参拝も同様です。

四国八十八ヶ所のお遍路巡礼も西国観音霊場巡りも修行でありますが、行くことに意味があり、そのような人は守られるのです。ましてや近くに行っても立ち寄らないのは、大馬鹿者か不遜な人物だと言われても仕方がありませんね。

どの宗派や神社にとらわれることなく、あるいは海外に行ったら、キリスト教の教会も足を運んでください。感じるものがあるはずです。なんどもいいますが感じない人は、残念ながらアンテナが機能していないのです。

それでは、皆様が健康でありますように、よき週末をおすごしください。南~無 合掌 徳温禅月。






2014年5月15日木曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~死んだらどうなるの?~

 おはようございます。
この本の感想文を書きましたら、多くの方がアクセスしてくださり、すこしびっくりしました。感謝です。私は、在家の禅僧として、終活支援活動をしながら、こころのよりどころとして、お釈迦様の教えを伝えています。またクリスチャンの方にも、わかりやすく聖書に書いてあることをお話することがあります。

「曹洞宗では「死」をどうとらえる?」という節がありますが、道元さんは死に正面から向き合った禅僧のおひとりです。世界で最も優れた哲学書とさえ言われている「正法眼蔵」のなかに、「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」とありますが、「自分が今生きている意味を考え、死について考えることは、宗教なくして解決できない、人間にとって重要な問題である」とこの本で中野東禅先生は書いています。

私たちは死んだらどうなるのでしょうか?

「曹洞宗の葬儀では、故人に受戒を行い、戒名を与え、「印導法語」によって求道者としての自覚を促し、さとりを得て仏様の世界に(浄土)に安らかに安住できるよう祈る意味があります。同時に参列者に対しても、仏縁を結び、さとりの知恵によって幸せに生きられるよう願う意味があります。」

死んだら肉体は、もぬけの殻になります。これまでありがとうと言いたいですね。兄が4年前、66歳で癌で他界するとき、臨終に寄り添い、お見送りしました。何をお見送りしたかって?それは言葉でいえば、「霊魂」です。はっきり去っていくことがわかりました。このようなことは立ち会っている人しか自覚できないのです。

そうです。死んだら御仏のみもとへ旅立つのです。キリスト経であれば神のみもとです。

葬儀をしない「直葬」は、去りゆくものを冒涜するものであり、唯物思想に毒されたものであると思っています。「死」と向き合うことで、「生」の大切さを理解することが、残されたものの人生を豊かにすると思います。だから葬儀を葬儀屋まかせにしてはいけないと思っています。

また「布施ー与えることが喜びになる」という節がありますが、もっともお布施をするのは、お坊さんです。お布施とはお金ではありません。見返りを求めず、できうる限りのお布施をするとき、お寺も信徒さんも、幸福になれるのです。

それでは、皆様の幸せを祈りつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。





2014年5月14日水曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~7章読むだけで役立つ~

 おはようございます。
毎朝、起きたら手を合わせる。合掌することをしていますか。早朝、手を手を合わせ合掌し、静かに座り、体を調え、呼吸を調え、こころを調えていくと、これから始まる今日の仕事へすがすがしい気持ちでとりかかることができますね。

「おつとめの基本は、合掌礼拝です。右手は仏様、左手は私たちを表すといわれ、合掌は両者が一体になる形です。そしてお辞儀をすることで敬意を表します。・・・合掌礼拝は、世界中どんな人にも通じる挨拶です。」と書いています。

基本の動作ができる人は信用しますが、基本の動作ができない人は信用しないことにしています。ながく、人事労務の仕事に携わってきて思うのですが、採用面接のときに、一番最初に見ているのは実は、挨拶の動作と言葉ですね。

人を見るとき、会った瞬間に人を見ぬく力が無い者は、人事労務には向きません。そのような力を身に着けるべき努力することです。それが精進ではないでしょうか。

またお数珠について「一心に仏・法・僧の三宝の名をとなえながら百八珠の数珠を繰れば、仏様の加護をいただいて煩悩を断ち切ることができるとされています。」

座禅をしたあと、妙法蓮華経観世音普門品偈、大悲心陀羅尼、消災妙吉祥陀羅尼、そして摩訶般若波羅密多心経をあげるのですが、それぞれの宗派にしたがって、お経をあげてください。お経はお釈迦様の教えだからです。

アメリカに行ったとき、ご家庭でホームパーティがありまして、お部屋を案内してくれました。リビングルームにも、ゲストルームにも、寝室にもバイバル=聖書をおいてありましたので、お聞きするといつでも聖書に触れ、読めるようにしているとお話していました。ちなみにご主人は大成功者です。

あなたは、何をよりどころにしていますか?もしあなたが仏教を支持しているなら、毎日、仏教伝道協会から出版されている「仏教聖典」を読んでください。私は書斎にも、寝室にもおいています。お釈迦様の教えを集約している凄い本です。

それでは、皆様のご健康をご祈念しまして・・・南~無 合掌 徳温禅月。


2014年5月13日火曜日

人生の成功者とは?

 おはようございます。
「成功とは、あなたにとって価値ある目標を前もって設定し、段階をおって達成することである」とSMI創立者であるポールJマイヤーさんは、言っていました。その通りですが、では人生の成功者とは、どんな人をさすのでしょうか。

私は、善きことをした人と定義したい。なぜなら、どんな世界記録をつくろうが、その人が犯罪を犯したら、その人は成功者ではない。現に金メダリストが女子選手を凌辱し、実刑判決を受けました。また小学校の校長先生まで上り詰めた教育者が覚醒剤所持で逮捕されました。

だからどんなに立派な地位につこうが、どれほど富を得ようが、人に害を与えた人、法律を犯した者は、悪しきことをした人で、人生の失敗者なのです。成功という言葉の陰に、失敗という悪魔が潜んでいることをしらなくてななりません。

私の大好きな松原泰道先生が、「きょうの杖言葉一日一言」~百歳の人の師からあなたへ~(海竜社)のなかで、11世紀末、中国の宋の頃にいた禅の高僧法演禅師の「人の師となるために自分を律する四項目」を書いています。

「法演の四戒」
一、勢い、使い尽くすべからず、勢い使い尽くさば、禍(わざわい)必ず至らん。
   思いあがりやおごりの念が高いほど、自ら失脚の墓穴を深く掘っているのです。やはり実るほど頭の下がる稲穂かなです。

二、福、受け尽くすべからず。
   福を独り占めにしてはならぬ。文字通り福分けが必要だ、もし福を独占したら、しあわせを運んでくれる縁が断絶するであろう。

三、規矩、行い尽くすべからず。
   重箱の隅を楊枝でほじくるように、些細なことまで干渉したり、せんさくするな。

四、好語説き尽くすべからず。人必ず之を易ぜん。
   「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、すべて度が過ぎたことは、程度に達しないのと同じに不完全です。適度の好語は慈愛から生まれます。
  
どうです。身につまされる言葉でしょう。愚か者はいつも自分の言いたい放題を言い、したい放題をして人に迷惑をかけている。そんなものに成功の女神は近づいて来やしないのです。常に謙虚に控えめに、言葉は八分、年長者に尊敬の念を持って接し、人のためになることを考え、行動する人間になりたいものです。

それでは、皆様の人生が成功に満ちたものになりますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月

推薦図書 「きょうの杖言葉一日一言」~百歳の人の師からあなたへ~松原泰道著 海竜社






2014年5月12日月曜日

人生の成功と失敗とは?

 おはようございます。
これまで、多くの方の人生相談や経営相談をしてきましたが、この人、この会社は成功しているなと思うときと、どうしてなんども同じ失敗をするのだろうかと思う時があります。当然後者の方が多いのですが・・・。

経営指導をする時の原則として、PDCAをよく言いますが、P=プラン、構想と計画ですね。D=ドゥですから実行する。そしてC=チェックつまり反省し、見直し、検証することです。最後はA=アクションで、改善し再実施すると事ですね。

ところが、失敗している人や会社は、プランばかりを言って、時にはそれは妄想に近いことがあります。この四つの原則で一番大事なことは、Cのチェック、つまり計画したことを実行したことを検証しているかということですね。

検証するとは、反省と総括という言葉もはいっています。たとえば個人にあてはめますと、何らかの理由で退職し、就活して再就職し、またなんらかの理由で退職しと繰り返す人がいます。事業も同じですね。

問題はこの何らかの理由をよく反省したかどうかです。おうおうにして会社が悪いとか、上司が悪いとか、同僚が悪いとか、いろいろ理由づけをするわけですが、このような考えでは、再就職先でも同じことがおきるわけです。

たとえば、いま業績が低迷しているのは、どのような原因か、どうすれば解決できるのか、と考えて手を打って来た人のみが、真に仕事のできる人です。上司が悪いとか同僚が悪いと言っても、人の事を変えることは不可能です。しかし、悪い面ではなく、いい面を見て接している人はおのずと人間関係が改善されるものです。

もっといえば、夫婦関係でも親子関係でもしかりですね。いいところを見て、ほめてあげましょう。そういうことから逃げている人ほど浮気するのです。人間は無いものを求める習性があります。浮気の根元は、性欲以外の何ものでもありません。そのときの欲望だけで行動するのは、いかがなものでしょうか。

明るく、お互いが思いやりを持って接することのできる家庭、自分の方から手助けしてあげる家庭、世の亭主の皆さんは、トイレ掃除などしたことがない人がいるようですが、あなたが一番働いていようが、あなたの家のトイレ掃除をすくなくとも1ケ月に1回はしてみませんか。そうすればあなたは多くの無形の財産を得、残すことができます。

繰り返しますが、人生の成功と失敗を分けているのは、点検、検証することです。振り返ることです。終活世代にエンディングノートを作成する指導をしていますが、20代からライフプランノートを作り、30代、40代と10年おきに点検し、見なおしている人は、物心ともに豊かな人生を歩んでいます。

一度しかない人生を、全力を尽くして行きぬいたと言える人生をお互いに送りましょう。それでは皆様の人生が成功に満ち溢れていますようにお祈ります。 南無 合掌 徳温禅月。





2014年5月9日金曜日

「図解 早やわかり!道元と曹洞宗」5章~正三と良寛~

 おはようございます。
道元さんが切り開いた「只管打座」の座禅は、瑩山さんへと受け継がれていくのですが、この時期に、曹洞宗は大きく発展するのです。ひとつには、真言や陀羅尼も取り入れ、民衆の期待に添うようになったのも一因でしょう。

民衆を救えない宗教なら、戯言ににすぎないと思っているのですが、私の好きな禅僧に鈴木正三さんがいます。三河生まれで徳川幕府の旗本で、関ヶ原の戦いなどで功績をあげるのですが、42歳で出家。この時代は、旗本が出家するのは、切腹ですが、二代将軍秀忠はこれを許し、隠居となります。

山本七平さんが、「「勤勉の思想」(PHP文庫)などに取りあげていて知ったのですが、「日用徳目」などを書いて、いわゆる勤労精神を醸成したのですが、キリスト教でいう「プロテスタンティズムと資本主義」に匹敵する偉大な思想家だと思っています。


鈴木正三さんは、「仁王禅」を提唱し、「喝」を入れたのです。九州天草の乱後、疲弊した天草を再興するために代官になった弟さんと尽力し、幕府に年貢の半減を直状し、弟さんは切腹になりますが、その息子がまた代官になり、その意思を果たします。ですから天草には鈴木神社が建立されています。

正三さんはこの時代に、在家仏教を主張し、僧侶は生きた宗教活動をしていないと仏教界を批判しました。またキリスト教が邪宗だとの論を発表したのです。偉大なる宗教改革者の一人だと思うのです。

次になぜか、ひかれるのが良寛さんですね。良寛さんは、特別な大僧侶でもないのに、今もなお国民から慕われるのは、世情に迎合しないその生き方にあるのではないないでしょうか。1992年のバブル崩壊後、中野孝次先生が「清貧の思想」のなかで取り上げ、大愚良寛さんの清貧なる生き方に共感を持たれたのです。

「世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞわれにまされる」ー「良寛~日本人のこころの言葉」 中野東禅著 創元社

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」の感想を書いてきましたが、読みたくなったでしょう。早く本屋さんに頼まないとなくなりますよ。本の買い方ですが、これはいいなと思ったら、読む読まないは別にして買っておかないと手に入らなくなります。買っておけばいつでも読めるです。

週末が近づいています。たまには静かに座るのもいいですよ。それでは皆様のご健康を祈りつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。





2014年5月8日木曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~4章心がすっと軽くなる座禅のすすめ~

 おはようございます。
私が提唱している在家禅のもっとも必要なことは早朝座禅です。5時半から始めますが、この時期は小鳥のさえずりが聞こえてきます。静寂の中で、座禅を組むと、体を調え、呼吸を調え、心を調えることができるのです。

朝、眼を覚まして顔を洗い、歯をお磨き、座禅をする、祈りを捧げる、そして犬の散歩をする、食事をする、掃除をするように、これが私の日常の習慣です。よき習慣は第二の天性であるとも言われています。もし座禅をしていない生活をおくっている人は、起きて顔を洗わないのと一緒なのです。

                   仏法を語る中野東禅師

世界にもっとも影響力を与えた人は、お釈迦様とイエスキリストですが、この座禅を大成したのが釈尊、それを引き継いだの一人がキリストだと思っているのです。聖書の中に、弟子がどうのように祈ればいいでしょうかと尋ねる場面があるのですが、誰もいない、静かなところで祈りさいとキリストは答えています。

それ以外の具体的な方法は述べていますせんが、クムラン洞窟に死海文書を残したエッセネ派に属していたと言われますから、このエッセネ派は、座禅瞑想する集団だったのです。現在、世界各地でクリスチャンの方も座禅を取り入れています。アップル社創業者のスティーブ・ジョブス氏もその一人で豊かな発想は、座禅瞑想からきているのです。

座禅をする前に合掌しますが、これは「仏教の礼は『合掌低頭』です。インドでは「右手は清浄の手、左手は不浄の手」と考えれています。そこから仏教では、清らかな仏様の心と、迷いの世界(不浄)の私たちの心とが合わさって一体となる理想の姿が合掌であるとされています。」

また座禅はいつでもどこでもできます。人ごみのなかでも、座禅に精通するとすべて聞こえなくなります。普通の方はできないと思いますが、たとえば私は週に一回は温泉に行きますが、必ず温泉に入り、座禅します。また軽ワゴン車で森に行き、小鳥のさえずり、風の音を聴きながら座禅をします。日常の中に座禅をとりいれましょう。

世界のすべての人が座禅をしたら、犯罪も戦争もなくなると思います。そう思いませんか。
騙されたと思って、この本を手に取って読んでみてください。あなたの悩みも雲散霧消してしまうでしょう。それでは、皆様のご健康を祈りつつ 南無 合掌 徳温禅月。

推薦図書 「図解 早やわかり!道元と曹洞宗」 中野東禅監修 知的生き方文庫 590円






2014年5月7日水曜日

「図解 早やわかり!道元と曹洞宗」~三章のつづき~

 おはようございます。
GWは英気を養うことができましたか、かえって遊び疲れで、仕事にいやいや行ったのではないですか。私は人がたくさんいるところは好まないので、田舎の自然と温泉でゆっくりしていました。そして中野東禅師の本を読んでいたのですが、なんとこの本がアマゾンの中古品で3185円になっていました。やはりすぐれているからでしょう。

三章は「これだけ知っておきたい!曹洞宗の教え」なのですが、曹洞宗の教えと言うよりお釈迦様の教えですね。なぜなら道元さんこそお釈迦様の教えを忠実に伝えた人はいないからです。著書である「正法眼蔵」はお釈迦様の教えを解説していると言えましょう。

お釈迦様の道元さんも出家することを奨めたのですが、大乗仏教の醍醐味は、在家でも救われるし、悟りを得られることです。現代社会において在家で修業し、仏道を伝え、ボランティア活動などに精進している方がたくさんおられます。これからは在家仏教や在家禅こそ人々を救えるのではないでしょうか。
               大分県日田市小鹿田の里の唐臼

達磨さんの四聖句として、「不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏」は座禅が自分自身との仏性と向き合う修行であると書いています。この意味は本を読んでくださいね。

般若心経のことも書いていますが、あの西遊記で有名な三蔵法師=玄奘は、般若心経をいつもくちずささみ、旅をつづけたのです。だから災難から守られたのです。何が書いたあるかって、それは自分でお経を唱えるか写経しないとわからないと思います。しかしお経が力を持っていることは古今東西の人々が証明していますね。

曹洞宗は、権力者に迎合しませんでしたので、曹洞土民と言われました。つまり昼間は百姓をし(働き)、日常の糧を自ら得て、生活し、座禅し、修行したのです。道元さんは食即禅として「典座教訓」を書き表しました。

そのなかで「喜心=喜んで取り組む心」「老心=すべてに対するいたわりの心」「大心=ひとつのことにかたよらず、こだわりのない大きな心」を持つことが大切であると述べています。と書いています。わかりやすいですよね。

みなさんこの本、早くたのまないと売り切れて中古でも買えないですよ。それでは皆様のご健勝をお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。

推薦図書 「図解 早やわかり!道元と曹洞宗」 中野東禅監修 知的生き方文庫 590円





2014年5月2日金曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~三章・・これだけは知っておきたい~

 おはようございます。
さて、この本はわかりやすいのですが、実は核心をついているので、しっかり読み込むことが大事です。つまり、急がず、あわてず読んで、腑に落とすことが必要です。

「道元さんはお釈迦様からかぞえて五十一代目の仏弟子です。師の中野東禅先生は、八十六代目で私は先生から受戒していただきましたので、八十七代目になります。これは「受戒授与の証」に書かれているのです。


つまり私たちは仏租師子相承の「お釈迦様直伝の仏法」を受けついでいるのです。ですから「道元さんの教えを知ることは、お釈迦様の正しい教えを知ることにほかなりません。」

「縁起」の法則、「無明」、「諸行無常」、「諸法無我」、「涅槃寂静」、これらの真理をわかりやすく簡明に書いていますので、まずはご一読ください。

すべては、原因があり結果がありますが、そのことに気づいていないほど無知なのです。すべては、変わりゆくものであります。ひとつとして独立して存在しません。

あれが欲しい、これがしたいとう煩悩(欲望)にとらわれるのではなく、静かに、ものごとを考えることのできる状態に日々あることがもっとも大切なことです。

車の運転をする人は、いつもニュートラルに戻して運転しているに気付いているでしょうか。車は、人間が作ったものですが、人間もニュートラルに戻らないと次のエンジンはかからないし、故障してしますのです。ニュートラルがこころを静寂にすることです。

この本でお釈迦様が示す正しい生き方を図解しています。

八正道とは
正見   ものごとをありのままにみる
正思惟  ものごとを正しく考えること
正語   正しく話すこと
正業   正しく行動すること
正命   正しく生きること
正精進  正しい努力をすること
正念   さとりを求めること
正定   静寂に至ること

この八正道の意訳もわかりやすく書いていますね。お釈迦様も道元さんも座禅をすれば、物事を正しく見て、考え、話し、行動し、正しく生活し、正しい努力をし、悟りをもとめていけば、日々楽しく生きられると言っているです。

座禅は、天台宗も日蓮宗も浄土真宗もすべての仏教宗派におよばず、キリスト教にも共通していると思います。仕事ばかりしないで、朝起きたら、10分でも静かに座り、体を調え、呼吸を調え、こころを調えてください。それだけでも、いのちが甦ってきます。

それではGWをごゆっくりおすごしください。南~無 合掌 徳温禅月。

推薦図書 「図解 早わかり!道元と曹洞宗」 中野東禅監修 知的生き方文庫 590円





2014年5月1日木曜日

「図解 早わかり!道元と曹洞宗」~2章道元とは、どういう人か?~を読んで

 おはようございます。
五月、皐月(さつき)を迎えましたね。山は緑から碧く生い茂り、夏の訪れを告げてくれます。田畑にはレンゲがうめつくされ、小鳥がさえずっています。山河はせせらぎを奏でてくれます。


さて、道元さんは、三歳で父を亡くし、八歳で母をも亡くします。九歳で仏教書を読み、十三歳で出家します。人は、父や母や兄弟の死と向き合う時、どう生きるかが問われると思います。道元さんもしかりではないでしょうか。

比叡山に入り、修行の日々を過ごしますが、大きな命題がありました。「本来本仏性 天然自性身ー人間は生まれながら仏性をそなえ、人間も自然もすべては仏が姿をかえたものである」と大乗仏教は説きますが道元さんは「人間は生まれながらに仏であるなら、なぜ、仏になるための修行をしなけれならないのか」という疑問を抱いたのです。

人は、過酷な修行をしたから、仏性が現れるのものではないことをお釈迦様は悟り、菩提樹の下で静かに座禅したのです。つまり本来備わっている仏性は、静かに座禅することによって、あらわれると言えると思います。

中国に渡り、如浄禅師に師事し、「身心脱落」の悟りに至るのですが、如浄禅師もまた、「道元が稀に見る大器であり、正法(お釈迦様の正しい教えを継ぐにふさわしい人物であることを見抜いたのです。」

現代の人で、人を見抜く力を持っている経営者は稲盛和夫氏(京セラ名誉会長)ですね。経営者や政治家は座禅をしないと人を見分ける力はつかない。就活をされている方々は、その会社の社長が何をしているかみれば、その会社の将来性がおのずとわかってくると思います。

道元さんが書いた「普勧座禅儀」の内容をこの本の65Pに書いてあるので、ぜひ買って読んで下さい。つまり「日常生活そのものが禅である」ということです。そして「難しい学問の必要はありません。心から仏にあこがれ、ひたすら仏を求めたとき、すでにあんたの仏心は働いている」と。

それでは5月が希望に満ちた月でありますようにお祈りしつつ 南~無 合掌 徳温禅月。

参考図書 「図解 早わかり!道元と曹洞宗」 中野東禅監修 知的生き方文庫 590円(税別)