2014年3月31日月曜日

「徳さんのお遍路・こころの旅」~最終回と特別番組を観て~

 おはようございます。
昨日で、徳さんのお遍路は最終回で、88番札所大窪寺で結願しました。徳光和夫さんは20人のスタッフにおかげで満願成就できたと感謝していました。BS-TBSは約一年半にわたりよくつくったなと感心すると同時に、国民的アナウンサーの徳光さんが四国遍路を経験したことは、徳光さんとスタッフ皆さんの今後の人生に、仕事に役立つと思います。ぜひ再放送をお願いしたい番組でした。



88番札所大窪寺の槙野恵順住職さんは、同行二人は弘法大師様との旅ではあるが、もう一人の本当の自分の探しかもしれないとお話していました。そして、弘法大師様がもうひとりの自分かもしれないと。私たちはもう一人の自分に気づき、出会うことが人生でもっとも大事なことです。


さあ歩け 遍路は続く どこまでもの合言葉で、四国88ヶ所札所を巡礼した徳光さんの涙はほんものでした。なんとその夜7時から9時までBS-TBSで日曜特番「徳さんのお遍路さん~ありがとう成満スペシャル!聖地・高野山の旅」がありました。

四国88ヶ所を結願した人たちは、高野山の上って、弘法大師様にご報告するのですが、この2時間スペシャル番組で高野山の全体像がわかりやすく、見えました。


空海さんが作った高野山は、世界で最も大きい宗教都市であるし、四国お遍路は世界でもっとも長いロングトレイルで、世界遺産は、高野山と四国は一体のものだと思いました。


現在の高野山真言宗の管長さんは、松長有慶管長で、おげんきでびっくりしました。よく番組に出ていだきましたね。「大欲得清浄」をお話し、エゴを捨てれば小さな欲はなくなり、人のために尽くす大きな欲が心を清くするとのことでした。


人の生死は、「生老病死」で思い通りにならないことで、「死」は絶対にさけられない。だからこそ与えられたなかで、よりよく生きて行く、この世のなかこそ極楽浄土であると、「医王の目には途に触れて皆薬となる」。「虚住実帰」という恵果和尚(空海さんの師匠)の言葉を「むなしく往きて満ちてかえる」とお話してくれました。もういちど再放送でみたいと思うのは私だけではないと思います。

徳光和夫さん、スタッフの皆さん、ありがとうございました。このようないい番組をまた作ってください。感謝!それでは皆様のご健康を祈りつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月28日金曜日

「終活ってなぁ~に」~⑥誰が相続するの?~

 おはようございます。
家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割事件は、昭和50年には6176件であったものが、平成22年に1万3597件になり、20年間に20倍になっております。さらに遺産額の1000万以下が31%、5000万以下が43%と誰にも起きうる状況になっています。

まず、自分の遺産はいくらあるのか、預貯金、証券、土地や持ち家などの不動産などの総額はいくらあるのか把握しておく必要があるし、高齢のご両親がおられる家庭であれば、お話してご両親に財産を調べておいた方が、ご兄弟が骨肉の争い=争族をしないために必要なことだと思います。

自分の相続人は誰なのかご存知ですか。自分は妻に全額残したいと言っても、子供たちが遺留分請求をすると、妻は50%、二人の子どもは25%づつとなります。しかし奥さんには、老後の資金もいるので、やはり全額残してあげたい場合は、子供さんに遺留分の遺産放棄させておく必要があります。

このようなことがありました。お母さんは先に亡くなり、お父さんが財産を残してなくなりました。お世話をしてくれた長男夫婦に相続させたいと遺言書を書いていましたが、弟さんと妹さんが納得せず、遺留分請求をしました。結局、預貯金がなかったため、住居を売って弟さんたちに支払ったのです。これって理不純ですよね。しかし現実に起きた話です。だから生前によく話し合い、遺産放棄もしてもらっておく必要があります。

一体、誰が自分の相続人なのか、調べておきましょう。

更に相続されるのもは、資産だけでなく、負債もあることを認識してください。財産とは資産と負債の総額です。ある自営をされてた方が急死され、お葬儀後、銀行からの借金が3000万ありましたので、息子さんはまじめなので、なんとか工面して、返しました。半年後、妹が現れ、800万の借用書を持ってきました。結局、お母さんと住んでいた家を妹に渡さざるをえないことになったのです。

ご家庭によって、いろんなパターンがありますので、終活カウンセラー、行政書士、弁護士の先生にお尋ねしてくさい。

そして相続税は、改正されていまして非課税分は親子3人で8000万が4800万円になっています。財産の多い方は、はやめにお近くの税理士さんにご相談しておきましょう。

いつも言いますが、「備えあれば 憂いなし」です。子供や孫まで、不仲にしてはなりません。それでは皆様のご家庭が平安でありますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月27日木曜日

「終活ってなぁ~に」~⑤終活のことども~

 おはようございます。
終活の項目は、範囲が広く、あえてことどもと書きましたが、退職後の生き方といわゆる老後の生活、生活資金は年金で大丈夫かなど、知っておかないといけないのは、年金に始まり介護保険はどうなっているのか、そして、民間の保険に入っておれるわけですが、死亡保険よりも医療保険へとシフトとしておく必要があります。

もし、動けなくなったら介護を誰にしてもらうか、どのような介護施設にはいるか、呆けてきたら、後見人のことや財産管理を誰に委任するのか、今は延命治療をしない宣言書があるので書いておく必要もあります。

次にいわゆる常用の生活資金とは別に、水回りやあるいは電気代の節約のための太陽光発電やエコキュートなどのオール電化や台所やお風呂のリフォームそして手すりなどの設置も必要になります。リフォームの必要性があります。くれぐれも地元の業者にお願いしないと騙されます。そういう意味では高齢者詐欺対策も終活に入れておきましょう。

そして、財産の大小にかかわらず、遺産相続をきちんとお話し、遺言書を書いておかないと、あとあと子供たちがもめたりします。遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言があり、基本的には最後は公証人役場にて公正証書遺言を作成してもらいましょう。当然前に作った遺言書は破棄しておきます。相続税も勉強しておきましょう。

次にもし自分が死んだら、お葬儀はどうするのか、お寺さんはどこなのか、葬儀屋はどこに頼むのか、考えておいたほうが残されたご家族もご希望にそうかたちでしたいものです。

そして、あなたの終の棲家として、お墓をどうするのか、納骨堂にするのか、お墓を建てるのか、できれば生きている間にご準備しておいた方が、ご家族の負担にならないと思います。

このように終活と言っても、その事項は、多岐にわたっているのです。あせらずにひとつひとつ、終活カウンセラーに相談して、解決していきましょう。終活カウンセラーが、弁護士さんや税理士さんなどへ橋渡しをしてくれます。まさに「備えあれば憂いなし」です。

次回、次々回に相続とお葬儀、お墓について詳しく書きたいと思います。それでは、皆様のご健康をお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。




2014年3月26日水曜日

「終活ってなぁ~に」~④終活をなぜするの?~

 おはようございます。
終活をなぜするかというと、たった一度の人生で、できるだけ悔いを残さない生き方をしたいし、それはまずは自分の大いなる問題ではあるし、次に家族との関わりの問題であるからです。誰しも、死後家族に負担をかけたくないし、迷惑をかけたくないわけです。だからこそ「立つ鳥、あとを濁さず」の心境で、準備しておくべきでしょう。

緩和医療医の大津秀一先生が、多くの患者さんたちからアンケートを取ってきて、「死ぬときに後悔すること25」(致知出版)という本を出していますが、項目を読むだけでもなるほど共感すると思いますので25項目をあげます。

死ぬときに後悔すること25

1 健康を大切にしなかったこと
 2 たばこを止めなかったこと
 3 生前の意思を示さなかったこと
 4 治療の意味を見失ってしまったこと
 5 自分のやりたいことをやらなかったこと
 6 夢をかなえられなかったこと
 7 悪事に手を染めたこと
 8 感情に振り回された一生を過ごしたこと
 9 他人に優しくなかったこと
10 自分が一番と信じて疑わなかったこと
11 遺産をどうするかを決めなかったこと
12 自分の葬儀を考えなかったこと
13 故郷に帰らなかったこと
14 美味しいものを食べておかなかったこと
15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
16 行きたい場所に旅行しなかったこと
17 会いたい人に会っておかなかったこと
18 記憶に残る恋愛をしなかったこと
19 結婚をしなかったこと
20 子供を育てなかったこと
21 子供を結婚させなかったこと
22 自分の生きた証を残さなかったこと
23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと
24 神仏の教えを知らなかったこと
25 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

『死ぬときに後悔すること25』より抜萃
大津秀一(緩和医療医=終末期医療の実践医)著
発行:致知出版社

もしこのなかであてはまる項目があればそれこそ終活すべきことではないでしょうか。大津先生は「終末期に皆が後悔すること、それを前もって紹介し、元気なうちからやっておけばよいではないか、そのような思いから生まれたのがこの本である。やり残したことを作らないために、健康なうちからやるべきことを全てやってしまおう!そういう試みである。」とはじめに書かれています。

この本は現在、新潮文庫から出ています。まだ読んでない方は、ぜひご一読ください。そして自分の人生の総括をする、人生の集大成にむけて、意義ある時間を過ごそうではありませんか。それでは皆様のご健康をお祈りしつつ・・・南~無 合掌 徳温禅月。




2014年3月25日火曜日

「終活ってなぁ~に」~③老いる、病む、亡くなる~

 おはようございます。
ひとり、ひとりの人生に、同じ人生などあろうはずがありません。しかし、満足して旅立つ方もおられますし、最後まで後悔して亡くなる方がおられます。その差ってなんでしょうか。

すべての人間に平等にある「生老病死」、仕事に精をだし、結婚し、子供たちを育て、巣立てば、気がつけば、50、60の峠を過ぎているのです。肩がこる、腰が痛い、健康診断で、要再検査を言われると「老い」を感じるのです。

高齢者ということば、国連の規定では65歳を基準にして、65歳以上の方が7%をなると高齢化社会、14%になると高齢社会、21%を超えると超高齢化社会で、現在日本は23.3%ですので、かっ経験したことのない世界一の高齢化社会になります。約40年後には40%の人が70歳以上と言われています。

現在、65歳以上の方でひとり暮らし、いわゆるおひとり様世帯が457万7千人と言われています。なにか寂しいですよね。でも現実、一人暮らしをどうすかも終活の課題のひとつで、老人ホームに入る手もあるし、孤独が好きな人は、一人でご自宅に住んでもいいですが、必ず毎日連絡をする人を決めて連絡してください。ある村では朝、黄色いハンカチを玄関にあげて、無事を確認するそうです。


一人暮らしは、田舎ではお互いに人情があり、支えあっていますが、都会ほど怖いのです。犯罪も多い、いわゆる孤独死の方がいつまでも発見できず、気がついたときは白骨化していたなどのニュース報道もありました。

病院通いするために、限界集落では無理だとの意見もありますが、健康であれば田舎ほどよいところはありません。しかし、若くては、不慮の事故や心筋梗塞などで突然死や急死される方もおられます。年をとると、やはり怖いの癌ですね。次に脳梗塞や肺炎などが襲ってきます。常日頃から健康に気をつけて、ウォーキングなどの運動をする。まだまだ元気でロングトレイルなどに行くのもいいですよ。

若い時は、しっかりライフプランを立てて、まずしておかなけならないのは、貯金です。つまり老後のためのたくわえです。そういう意味では終活は、40代から始まっていると言えるかもしれません。自分のこと、家族のこと、両親のこと、兄弟のことなど問題がおこらないようにするのが終活です。

「生老病死」は自分だけの問題ではありません。自分に関わる人のことを思いやるこころが大切ではないでしょうか。それもこれも終活なのす。それでは皆様のご健康を祈りつつ、南~無 合掌 徳温禅月。






2014年3月24日月曜日

四国巡礼~十三仏御本尊最終章~虚空蔵菩薩

 おはようございます。
十三仏御本尊の最後は、「虚空の蔵」と言われる虚空蔵菩薩様です。虚空とは宇宙のことであり、宇宙に存在する、太陽系、銀河系、広大な宇宙とその森羅万象の世界をつかさどる菩薩をさしています。

四国八十八ヶ所巡りで、弘法大師空海さんが「虚空蔵求聞持法」という修行をしたという徳島県の二十一番札所太龍寺のある舎心ヶ嶽と室戸岬の発端にある二十四番札所の最御崎寺の近くの御厨人窟(みくろど)に行きましたが、私たち凡人に考えられないところです。

               舎心ヶ嶽の空海像

               御厨人窟(みくろど)

「虚空蔵求聞持法」とは、百日の間に百万回、昼も夜も休むことなく、虚空蔵菩薩のご真言を唱えると、記憶力が増大し、自然智(じねんち)が与えられます。空海はその行を完成した一人であり、その後の彼の功績をみれば、この行の御利益は真実でしょう。

最近はあまり聞きませんが、思春期から大人へと脱皮する十三歳は、男の子は声変りをし、女の子は乳房がふくらみ。、初潮を迎える心身共に変化する大事な時期です。このときに十三参りをしますが、虚空蔵様にお参りするのです。ぜひ女の子には着物を着せて、お詣りしてほしいですね。

絹本著色虚空蔵菩薩像 東京国立博物館蔵 平安時代後期 国宝(ウキペディアより)

また、三十三回忌に虚空蔵様のご真言を唱えて御供用すると、御成仏するのです。そのご真言は「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おんありきゃ まりぼりそわか」と、三回、七回、二十一回唱えます。

それでは皆様とお祈りします。「東日本大震災をはじめ、多くの災害によって亡くなれた方々のご冥福をお祈りします。ま世界各地での戦争によって犠牲になった方々、子供たちの御冥福をお祈りします。私たち人類から災難を取り除いてください。私たち人類が災難をおこさないように導いてください。」 南~無 合掌 徳温禅月。

参考図書
「仏さま白書」 中野東禅著 四季社
「開運十三仏」 大栗道栄著 日本文芸社
「仏像の見方がわかる小事典」 松澤弘道著 PHP新書






2014年3月20日木曜日

「里山資本主義」藻谷さんの講演を聴いて

 おはようございます。
皆さんご存知の新書大賞を獲得した「里山資本主義」の藻谷浩介氏が一村一品運動の発祥地の大分県日田市大山町に来て、講演をされました。私はこの「里山資本主義」をキンドル(電子書籍)で読んでいたのでよく知っていましたが、実は、昨年来、天ケ瀬ロングトレイルを提唱して来た原点と同じ思想なのです。

大分県日田市大山町大山文化センターの横に保存されている江戸時代の矢羽田家住宅。

私が天ヶ瀬ロングトレイルを提唱したのは、この日田市天瀬町にある自然、歴史(史跡)、地元の農産物による食、そして天ヶ瀬温泉、さらに、人情あふれる地元の方々のおもてなしの心、を都会の方々に味あってもらいたかったからです。

しかし、一部の地元の方の意識は、藻谷さんがお話しされたように、天ケ瀬には「何もない」とか、「そんなことはあたりまえ」とか次元だったと思います。しかし、トレイルの道探しのなかで、自然道があり、360度一望を見渡せる、顕徳坊尊の素晴らしさを再確認したのです。

さらに、なんと天ケ瀬温泉から湯山田代に抜ける180年前の石畳道を発見したのです。これこそ、天ケ瀬町の資産であり、里山資本なのです。4月中旬の天ケ瀬温泉まつりで発表するそうです。そして、顕徳坊浄玄さんを研究していましたら、なんとあの上杉鷹山の家来であったことがわかったのです。


藻谷さんは、ご先祖が残してくれた自然や歴史が、あたりまえではなく、ありがたいと思う、口癖になっている地域だけがのこると話していました。日本国中、里山の資産があふれているとおもいませんか。

そして、日本の人口動態は、日田市、福岡市、東京の順で高齢化するのですが、地方ほど住みやすいところはないし、東京の30年後を想像するとぞっとしますね。これから地方は、高齢者も働けて、都会の方が遊びにこれるようにしたらいいし、若い方も1000万の年収で、いつもリストラという恐怖に悩まされ、子育てもできない、ベビーシッターに預ければ殺されるところではなく、300万の年収で、いきいき生活し、自然のなかで子育てができる地方へと価値観が大きく変化しているのです。


藻谷さんは、21世紀、田舎の三つの逆転と称して、
1、大都市の田舎の高齢化の逆転
  21世紀、田舎では高齢者が減り、都会はこれから高齢者が激増する
2、「産業」の逆転
  21世紀は「食と観光の時代」の有望株、地方日田市、国際競争に強いのは、スイス、フランス、  イタリア。
3、山林が宝の山に変わる大逆転
  21世紀は集成材を使った木造近代建築の時代。地震にも強い。

皆さんは、いつまで都会に住みますか、せめて還暦過ぎたら、生まれ故郷あるいは、あなたのルーツを探してご先祖様が住んでいた故郷にかえりませんか。間違いなく、地方の時代が来るし、田舎生活に慣れ親しむ価値観へと意識が変化すると思います。

それでは、みなさまの将来が楽しいものでありますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。
  




2014年3月18日火曜日

「終活ってなぁ~に」~②人生いろいろ~

 おはようございます。
就活、婚活、などいろんな活動がありますが、終活は、人生の終焉を考えることを通して、自分を見つめ、今をよりよく、自分らしく生きる活動と社団法人終活カウンセラー協会では定義しています。

私の終活は、退職後、自分の歩んできた道を振り返ることから始めました。ホームページに載せてありますが(自由に読めます)、「生きる」と「生き方そして働き方」に書いたのです。作家の五木寛之さんが言ったいますが、インド哲学からくる、人生を学生期、家住期、林棲期、遊行期に見ていくことに賛成しています。

人は生まれ、両親に育てられ、学校に行き、そして就職して社会人になります。一人前に給料をいただけるようになって、結婚し、子供を作り、家庭を築いていきます。そして、定年を迎え、林棲期を迎えるわけです。

この林棲期こそ終活の時期であり、人生の集大成の時期だと思います。自然に戻り、ゆっくり人生を考える、「生と死」を考えるときではないでしょうか。遊行期は、死に向かっての巡礼の旅でしょうか。

最近、多くの方が亡くなりますが、そのなかで一番、終活をしてきたなと思ったのは、島倉千代子さんです。島倉千代子さんの人生はまさに波乱万丈、ステージでファンが投げたテープが目にあたり、失明寸前になり、眼科医のM先生に治してもらいますが、結局騙され、そのあとその仲介にはいったHさんに吸い取られ、今度は、事務所のマネジャーたちに多額なお金を持ち逃げされるのです。

「人生いろいろ」が大ヒットしたのち、2005年、亡くなる18年前に「島倉家これが私の遺言」という本を書き、このころから彼女の終活が始まっていたのです。15年前に有名な彫刻家の先生にお墓のデザインを依頼しています。

そして、最後に、南こうせつさんが作曲した「からたちの小径」を歌い、旅立って行きました。ぜひ「からたちの小径」を聴いていただいて故人を偲んでください。(2013年11月8日享年75歳)

平均寿命が、平均80歳ですから、還暦後の20年をどうすごすかが楽しみですね。私は、好きな読書三昧、東京国際仏教塾に通ったこと、四国八十八ヶ所巡りにいくこと、現在40番札所までですが、秋に再挑戦の予定、日田市内にトレイルをつくり紹介すること、FBやブログを毎日発信すること、そして温泉禅です。

皆さんも、これまでできなかった、行きたいこと、したいこと、欲しいものなど書きだしてみませんか。たとえば、「ななつ星」に乗ることや北海道や屋久島、沖縄旅行、エリザベスクィーン号で
世界一周など、たくさんあります。元気なうちに楽しむことです。

そして現実に戻りますが、定年退職後の生活には、ご夫婦で約25万かかります。ご夫婦の年金額が合わせて、25万いかない場合は、預貯金を取り崩すか、働くことが必要です。私はどっちにしても働くことをお薦めします。しかし今までの現役での働き方ではなく、パートで楽しく働いて10万ほど
稼げる働き方です。

「終活を楽しみ会」を作って、「60歳からのハローワーク」と称して、還暦後の仕事のご紹介をしてあげたいと思っています。これを書きながら、「終活」は、お釈迦様が言った「生老病死」を考えるとおのずとどうすればいいか見えてきます。

さけて通れない「生老病死」を、覚悟して、人生を楽しもうではありませんか。それでは皆様のご健康を祈りつつ、南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月17日月曜日

四国巡礼~十三仏御本尊Ⅻ~大日如来

 おはようございます。
四国八十八ヶ所~こころの旅~「徳さんのお遍路」の徳光さんは、あと一寺を残し、87番札所まで来ました。静御前の剃髪塚のある長尾寺です。


木村ご住職さんのお話もよかったですね。お寺は人が明るく暮らせるようにお手伝いをしている、お接待も「お」をとったら意味がなくなる、とお話しされ住職の今日の一言は最澄さんが言った「忘己利他」で、「他人の利を考えることが生きることにつながる」とお話していました。


さて、今日の十三仏御本尊は、12番目で、大日如来様です。奈良東大寺の大仏、「毘盧遮那仏」が別名です。宇宙の中心におられ、すべての命の源です。アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩聖タゴールが「ひとあしごとに 無限なるものをまたぎ 瞬間ごとの永遠なるものにであう」と詠んだそうです。

私達はこの方から生まれ、このかたのみもとへ帰っていくのです。そういう意味では、キリスト教のゴット、イスラム教のアラーと同じかもしれません。真言は「おん ばざら だとばん」で、「永遠なる不滅なる、大いなる方にしたがいます。私に命をあたえてくださったことに感謝します。」とお祈りします。

それでは、皆様の人生が実り多いものでありますようにお祈りします。「おん ばざら だとばん、おん ばざら だとばん、 おん ばざら だとばん」 南~無 合掌 徳温禅月。

参考図書
「仏さま白書 」中野東禅著 四季社
「仏像の見方がわかる小事典」 松澤弘道著 PHP新書
「開運十三仏」 大栗道栄著 日本文芸社






2014年3月14日金曜日

「終活ってなぁ~に」~①はじめに~

 おはようございます。
私が終活の支援活動をするようになったいきさつがあるのですが、5年ほど前から60歳の定年退職を前にして、還暦退職するか、定年延長するかを迷っていたとき、59歳の時に、兄(享年66歳)と友人(享年57歳)を亡くしたとき、人の死のはかなさを知ると同時に、自分にも死がいつ訪れるやもしれないと思うようになり、「生と死」について自分なりに納得したく、翌年から東京国際仏教塾に通うために、60歳で定年退縮しました。

日田市の地元新聞社が4月5日の終活講演会を取り上げてくれました。

特に兄は、ある新興宗教団体に属していました。1月に具合がよくないと電話があり、どうも癌らしい、そして3月に医大病院に入院しましたが、余命わずかとのことでした。兄を見舞うたびに、死と葛藤をしているなと感じました。

そして、再入院してから、死にいたる寂しさや辛さをにじませていましたので、こころに平安がないのだなと思いました。ほとんどの人がそうかもしれませんが、その宗教団体の教えは、死んだらすべてなくなるとのことでしたので、不安だったと思います。

7月に息をひきとり、葬儀もしてはいけない、お棺にお花もいれてはいけない、納骨もしてはいけない、と火葬が終わったら、義姉(兄の嫁)が火葬場に処分をお願いしていました。非常に憤りと不満を覚えました。

兄がこの似非キリスト教の新興宗教に入会していましたので、いつか話をしなければと、正式な教会でキリスト教の勉強をしていました。いまひとつ納得できないものがありました。それは神と人の関係は明確であっても、人と人、人と自然、そして先祖のことなどが明らかではありませんでした。

友人は、同じ年の8月に、ある日突然亡くなったことが知らされました。ゆっくりなったら飲もうと話していましたが、仕事の忙しさにかまけて、あまり会っていなかったのでもうしわけなく、大切なものはなにかを思い知らされました。

もうひとつは、神に祈る行為は正しいのですが、祈る行為のまえに、心を静める方策が見つかりませんでした。天風会の修練会で、安定打座による瞑想をしてから、これだと思いました。どこからきているかと勉強しましたら、ヨガと仏教からきているとのことでしたので、書物は読んでいましたが、きちんと仏教の勉強をしたいと思い、東京国際仏教塾に約1年半ほど東京に通ったわけです。

そんなおり、熊本市で一般社団法人終活カウンセラー協会の武藤頼胡さんの終活講演があるとネットで知り、早速言ってみました。私は30代後半から人生は目標と計画を立てて生きるべきだという考えを持っていましたので、武藤頼胡さんのいう人生の終焉を考えることを通して、自分を見つめ、今をよりよく自分らしく生きる活動のことを終活というその支援活動をしていることに共感し、現在に至っているわけです。

終活と言っても、いわゆる老後(退職後)の生活から、これからの保険の見直し、動けなくなったら介護をどうするのか、同時に今のおふくろの介護のこと、遺産相続のこと、そのための遺言の書き方、葬儀はどのようにしてもらうのか、また納骨はどうするのかなど、その範囲は広いわけです。

まずは、退職後からの老後の生活ではないでしょうか。次回それについて書きます。それでは今日一日皆さんが安全で無事でありますように祈りします。よい週末をおすごしください。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月13日木曜日

突然死・急死と終活

 おはようございます。
隣保班のおばあちゃんが、98歳でその生涯を閉じました。いつも元気に、歩いてお買い物に行っていましたが、7、8年前から養護老人ホームに入られていました。10年前にご遺影も用意されていたとのことです。終活をしていたのだなと思いました。

しかし、3年前の3月11日の東日本大震災で亡くなれた方は、突然いのちを奪われたのです。死というものによっては、残された方にとっては、悲しみのどん底に突き落とされるのです。それが自然災害であろうが、いわゆる脳梗塞や心筋梗塞などの病気による急死であろうが、本人も納得いかないし、ご遺族は呆然自失になると思います。

レスリングの金メダリスト吉田沙保理さんの父である英勝さんが、高速道を運転中、くも膜下出血をおこし、亡くなられました。61歳でした。他の方に迷惑にならないように、また事故がおきないようにと路肩に停車し、死亡していました。気丈な方だったと思います。ご冥福をお祈りします。

このニュースを聞いたのち、お葬儀のお手伝いをしながら、人間の死にも、いろいろあるなと思いつつ、ウキペディアで調べてみました。

死の種類
人間が死に至る原因を「死因」と言う。その種類は[要出典]外傷疾患老衰事故死自殺他殺等様々である。

突然死(とつぜんし、sudden death)とは、症状が出現してから24時間以内に死亡に至ることである。虚血性心疾患、心室性不整脈、大動脈瘤破裂、脳血管障害てんかん重積発作、喘息重積など死因が特定できるものと、解剖などによっても疾患の特定できない原因不明の突然死がある。

急死(きゅうし)とは、直前まで健康そうに見えた人間が、突然死亡することを指す。事故や災害、容態の急変などが原因になることもある。
突然死とは、似ているがニュアンスが異なる。
(不慮の事故死)
交通事故不慮の窒息その他の不慮の事故不慮の溺死及び溺水転倒・転落煙、火・火炎への曝露有害物質による中毒
ウキペディアより

突然死と急死が違うことは知りませんでしたが、いつ訪れるかわからないのが「死」、すべての人が必ず死ぬという現実、そうであればあるほど、「終活」という「人生の終焉を考え、自分を見つめ、今をよりよく自分らしく生きる活動」をしていくべきだと思います。

人生の節目、節目につまり、20歳、40歳、60歳、80歳と20年ごとに人生を振り返り、自分に関わることどもを振り返り、書き残しておくことをお薦めします。そうすることで次の20年が見えてくるのです。ですからエンディングノートはライフプランノートでもあるのです。

退職したら、その後の人生をどう生きて行くのか、相続はどうするのか、葬儀やお墓はどうするのかを考え、備えをしておくことが、家族に迷惑をかけず、悠々とあの世へと旅立てるのです。

誰しも、いつまでも生きたいし、できれば自然死を望むのですが、いつ訪れるかわからない突然死や急死にあうかもしれません。だからこそ、いつかする、いつかすると先のばしせず、人生の計画と「終活」をしておくべきだとつくづく思うのです。

ここで一句「いつまでも あると思うのな わがいのち」。それでは、皆様のご健康を祈りつつ 南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月12日水曜日

夢~こころの奥深くにあるもの~

 おはようございます。
「夢は実現する」という言葉のひびきは、私たちをここちよい気持ちにさせてくれます。わたしもほとんどの夢と言うか、希望というか、したいこと、欲しいものは実現してきたと思っています。その夢には当然、個人差があって、夢が大きいとか小さいとか言っても、その個人が納得した夢です。

しかし、欲しいもの、したいことと言っても、いわゆる個人的な欲望からでたものは、そのことによって、社会的に制裁を受けることになったり、他人を傷つけることになるのです。ましてや犯罪にもなります。つまり、それが犯罪行為であっても、その夢(欲望)は実現するのです。

イエスキリストは、聖書の中で、「欲望を持って女性を見る者は、すでに姦淫を犯している」と言ったのは、こころのなかで、そのような思いを持った人は必ず、そのような行為をする、つまりは思いは実現することを言っているわけです。

ですから、心が静寂でなければ、人は欲望に左右されることになるのです。フロイトが潜在意識を発見し、ユングによって心理学が発展してきましたが、インドでは4世紀にこの潜在意識なるものをすでに発見し、論理的に深く解明しています。

いわゆる、末那識、阿羅耶識、をいうのですか、人間の顕在意識の下に、末那識があります。フロイトが言ったのは、末那識ですが、これは潜在意識といいますが、この意識が潜在的欲望であり、煩悩であるわけです。それは強烈に、継続的に思い続ければ必ず実現します。

それでは、なんら他の動物と変わらないのです。京セラの創業者稲盛和夫氏は、経営の原点12ヶ条の第一条で、「事業の目的、意義を明確にするー公明正大で大義名分ある高い目的を立てるー」と常々、盛和塾で塾生の皆さんに繰り返しお話しています。

それは事業の目的が、個人的な欲望からでたものは、いつかは破綻するからです。事業という言葉を人生と置き換えると、「人生の目的、意義を明確にする」となり、人間の「生と死」の生がどうあらねばならないかおのずとわかるはずです。

しかし、世の多くの人の欲望という夢は、正しいことであろうが、間違ったことであろうが、成功であろうが、失敗であろうが、思ったことが実現して行っているのです。もしその夢が人々のためになる、社会に役に立つ夢だとしたら、これほど素晴らしいものはありません。オリンピック選手が素晴らしいのは、人々に感動を与えてくれているからです。

それが、末那識レベルの潜在意識ではなく、阿羅耶識という深層意識からでたものだとしたら、それは真・善・美の世界であり、純粋無垢のものであり、光そのものなのです。阿頼耶識に到達するには、座禅し、瞑想することしかありません。

仏陀が到達した地点は、禅那であり、座禅そのものなのです。そのことを道元は、「只管打座」と言っているわけです。つまり心身脱落の境地、体もこころも超越した境地です。

私のセミナーは、必ず座禅をし、夢のリストを書いてもらっていますが、ほとんどの人が今まで欲望から発生した次元のものしか書けなかったのですが、座禅をすることによって次元の高い、人生の目的、意義が明確になった夢そして目標を書くことができています。

このことをよく知りたい人はご連絡ください。それでは皆様のご健勝を祈りつつ、南無 合掌 徳温禅月。





2014年3月11日火曜日

東日本大震災~あれから三年、祈る~

 おはようございます。
2011年3月11日午後2時46分に大地震が発生し、すぐに巨大津波が押し寄せてきました。ほとんどの日本人がテレビに釘付けになり、報道での映像に、おののき、被災された皆さんの安否を、心配していたと思います。

今日は、東日本大震災から三年、その時の情景が報道されていますが、胸が痛むのです。多くの方々が亡くなられ、今なお、多くの方々が避難生活を送っています。人数で語ることができないのです。

NHKニュースより

昨年、「『遺体』~明日への十日間」という映画を見ましたが、どんなに寒かったでしょうか。どんなに苦しかったでしょうか。どんなに寂しかったでしょうか。どんなに辛かったでしょうか。どんなに痛かったでしょうか。

今朝、5時半からお祈りを捧げましたが、考えても言葉にならない祈り、今日は一日、静かに過ごし、今夜8時より、それぞれが灯をともし、同時にお祈りをするようにしています。

また、おじいちゃんやおばあちゃん、お父さんやお母さん、ご兄弟、お子さん、そしてお友達を亡くされた方々の心の痛みを私たちは本当に理解し、その想いを共有できるでしょうか。

今、すぐにできることが「祈り」なら、静かに祈り、言葉ではなく、心の奥深くで、亡くなられた方々のご冥福を願い、被災された方々のご回復を願い、ただ祈るのです。

亡くなれた方々の御霊に、ご冥福をお祈りし、ご供養を申し上げます。ご家族の皆さんのこころが癒されますように、お元気になられますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月10日月曜日

四国巡礼~十三仏御本尊Ⅺ~阿閦如来

 おはようございます。
BSーTBSの「徳さんのお遍路」は本当に面白いし、ためになります。日曜日に用事があってもこれを観てからにしています。再放送をしてほしいですね。さて、昨日は86番札所の志度寺でした。ご住職のお言葉のなかに、道元さんの「すべてが修行であり、仏道である」とお話していましたが、十河ご住職はお医者さんでもあるのです。私たちも日常生活も仕事もすべて修行であることを忘れてはなりません。


ご住職は、お医者さんだけあり、「科学に垣根がないように、宗教も垣根がないようであらねば」とお話していましたが、その通りですよね。キリスト教も仏教もイスラム教のお互いに認め、垣根を取り払うことが大事です。

そして「森羅万象、細部に神が宿る」と言っていましたが、天地宇宙、山川草木から私たち人間の細胞の隅々まで、神がおられると思うと、病を気にしてはいけませんね。


讃岐市志度は、桐下駄の産地で、徳さんは桐下駄を気にいっていました。


十三仏御本尊の11番目は、阿閦如来様です。七回忌のときに「おん あきしゅびや うん」と真言を唱え、お祈りします。阿閦とは、物事に動じないよか、腹を立てない、怒らないという意味ですので、阿閦如来が怒りなどの誘惑から私たちを守ってくれます。

阿閦如来(『図像抄』)「ウキィペディア」より

煩悩はある意味では内なる誘惑かもしれませんね。阿閦如来は「不動降魔印」という印をむずび、東方に座しています。それでは皆様が、誘惑や煩悩に惑わされて、心を乱さないように、「おん あきしゅびや うん、おん あきしゅびや うん、 おんあきしゅびや うん」と三回唱え、お祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月7日金曜日

飲酒運転撲滅への願い~山本美也子さんの講演を聴いて~

 おはようございます。
昨日、大分県日田市パトリアで山本美也子さんの講演「思いやりで社会を変える~飲酒運転撲滅への願い」がありました。三年前、事件?が報道されましたので、よく知っていましたが、お母さんのお話は初めて聴きました。


三年前の事件?2011年2月9日、当時16歳であった寛大君とそうた君が、歩道を歩いて帰宅中に、うしろから来た飲酒運転の車にはねられ、亡くなりました。このことをお話しするお母さんの声は、三年目とはいえ、震えていました。

警察から連絡があり、寛大くんのご遺体をみたとき、なぜ、なぜ、どうしたの、どうしたの、とただただ状況のわからない状態でした。警察の方もくわしい説明がないまま、具体的に聞いたのは、たくさんのマスコミの方が家に来てから、マスコミの方から飲酒運転の車にはねられたことを知ったそうです。

寛大くんから教えれたことは「明日があたりまえにくることはないということ」だとお話していました。葬儀には、友達やご父兄のみなさんや1500人が参列されたそうです。その後、喪失感から呆然とした日々を過ごすなか、「記憶がなくなればいい」と思ったそうです。

飲酒運転による死亡事故は、無差別殺人であり、加害者は一人でも、被害者は、何百人の方が、悲しみのどん底につき落とされ、いつまでも心身を患う方もおられる、こんな事故が二度と起きてはならないと思い、講演をすることを決意し、現在325回になるそうです。

NPO法人はぁとスペースを通して、飲酒運転撲滅運動と車いすジュニア教室などの障害者支援活動、そして読み聞かせのボンランティア活動をされています。ご主人も車いすマラソンのアスリートとして活躍しています。

山本美也子さんを支えているものは、まさに他人への思いやりではないでしょうか。講演やメディアに出ると批判する方もおられるそうです。しかし、愛する息子を亡くした悲しみに他の方があってはならないと今の活動をされているのです。

昨日の書きましたが、ちょっとくらいの酒なら大丈夫と言って、車を運転する人が後を絶たないのは、自分に勝手な言い訳をしている人たちで、それは大きな過ちだと気づいていないのです。私の友人が二人、飲酒運転の重大事故加害者になり、二人ともこの世を去っています。

一人は20代の時から大酒飲みで、車の中にウィスキーのポケットビンをおいておくほどでした。飲酒運転の重大事故を起こしたののち、反省して仕事に頑張っていましたが、50歳で癌でなくなりました。彼は彼なりに心の傷を背負い、癌におかされたと思っています。

もうひとりは、大学卒業後、飲酒運転で人をはね、ひき逃げし、交通刑務所に入りました。その後転職をくりかえし、アル中になり、鬱病も患うようになりました。一時はよくなりましたが、自殺したとの知らせを聞き、唖然としました。

加害者になった友人たちも、結局人生を惜しんでなくなったのです。たった一杯でも飲んだら乗るな!。悪魔がささやいて、一杯くらいだは大丈夫と、そして乗ったら、悪魔の思惑通り、加害者も被害者の人生も終わりにしてしまうのです。

山本美也子さんの講演を聴いて、ステッカーを買いました。大酒飲みのおでこにはろうと思います。なぜなら、6時間くらいの睡眠ではアルコールが抜けてなく、二日酔い運転という飲酒運転になるのです。


聖書に「あなたの心を見守れ、いのちの泉はここから湧く」とい言葉がありますが、すぐに誘惑にまけて、自分の心をコントロールできないと、いのちを失ってしまうのです。そして人間は心の弱い者だと思えば、神仏に祈りなさい、そうすれば神仏はあなたをいたらぬことにならいように導いてくれます。つまり祈る心構えのある人は、自分を制御できるのです。

それでは皆様が飲酒運転をしないように、またそのような事故や事件に巻き込まれないようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。





2014年3月6日木曜日

こころの闇と凶悪犯罪

 おはようございます。
毎日、毎日新聞やTVで残虐な殺人事件のニュースが報道されています。多くの方がその報道のたびに心を痛めていることと思います。ここ数ヶ月でも王将の社長さんの射殺事件、高校生による中学3年生女子の殺害事件、そして一昨日の千葉県柏市の通り魔殺人事件、大きく報道されてなくても、日本国中で犯罪が発生しています。

昔に比べれば、犯罪が減ったとか言う方がおられますが、本当にそうでしょうか。むしろ、犯罪そのものが凶悪化し、歯止めのきかない状況になっているのではないでしょうか。たとえば私たちが子どもの時にストーカーによる陰湿な殺人事件はあったでしょうか。たしかに痴情のもつれからの事件はあったでしょうが、その性質と件数には大きな違いがあると誰もが思っています。

同じ町に住んでいる人が、同じマンションに住んでいる人が、犠牲者になり、どれだけ多くのご家族やご友人の方がその悲しみのどん底につき落とされているでしょうか。昔、「針を盗むものは牛をも盗む」という格言を聴かされたことがあります。

ちっとの違法駐車ぐらいいいじゃないかとか、ビール一杯くらいは飲酒運転にならないではないかとか、そのちょっとちょっとが、いつもまにか、飲酒運転で、これからの人生を楽しみにしている子供たちを死にいたらしめている交通事故(事件)が発生しています。

最初は、何万円か会社のお金をくすめた経理担当者が、何億円のお金をごまかして逃げる。預けていた年金がもらえなくなり、老後の生活に支障をきたされ、泣いている方々も多くいるのです。また、高齢者をねらった振り込み詐欺やその他の特殊詐欺はなくなるどころか被害総額は昨年が約487億円にまでなっているのです。

本当に日本は、住みやすく豊かな国でしょうか。経済的豊かさをおうばかりに、経済的弱者や高齢者や子供たちそして正規社員になれない若者たちが犠牲になっているのは現実ではないでしょうか。

それはこころの貧困からきていると思いませんか。人をはねのけて、イスに座る、駐車場で他人の車に接触しても平気で逃げ去る、道路で肩があったと言って、通行人を殴る、かって私たち日本人にこのような野蛮な人たちがいたでしょうか。こういうとそれはごく少数のひとだという方がいますが、今、あなたの町で、いつあなたに降りかかるかもしれないことがおきているのです。

いつのまにか、私たちは大切なものを置き去りにしてきてるのでないでしょうか。近所の方々との明るい挨拶、町々でのドブ掃除、近所の方のお顔をみないと見に行って声をかける、お年寄りや幼児を連れた方に席を譲ってやるなど、小さいことかもしれませんが、心温まるあたりまえのことが出来なくなっているのではないでしょうか。

こころの隙間に、これくらいはと小悪魔が入り込んできて、だんだんこころのなかに闇が巣くってくるのです。ではどうすればいいのでしょうか。一つには教育があるのでしょう。学校や家庭でも道徳教育も必要です。

同時に、私たちひとりひとりが、「生と死」のことに向き合い、考えることが大切だと思います。誰ひとりとして、いきとしいけるものを殺す権利はないのです。誰ひとりとして人のものを盗む権利はないのです。

道徳教育で自分を制御する能力は身につきますが、もうひとつ、自分の制御する力が、宇宙の大いなる方、神仏によって与えられている。そして生かされていると自覚したとき、人間は初めて、こころの隙間にはいりこもうとする悪魔を追い払うことができるのではないでしょうか。


仏陀もキリストも、悪魔の誘惑にさらされたことが、仏典や聖書に書かれています。わたしたちのような凡夫が、悪魔の攻撃に自力に抵抗することができるとは私は思いません。ぜひ、それぞれ本物の神仏の教えに立ち戻ることをお勧めしたいと思います。なぜなら宗教の仮面をつけた悪魔も跋扈しているからです。

それでは、皆様とともに、小さなことにも誠実で、自分のこころを見守り、他人に優しく接し、あらゆる被害に遭わないようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。







2014年3月3日月曜日

四国巡礼~十三仏御本尊Ⅹ~阿弥陀如来

 おはようございます。昨日のBS-TBSの「徳さんのお遍路」は、いよいよ85番札所八栗寺でした。新見竜玄住職のお話は、吉田松陰先生の「至誠通天」と言って、誠意をもって、努力し、生きていれば必ず天に通じるとご説明していました。八栗とは八つの奇跡をさしています。

また、「人みな仏」と言って、人はみな仏さまであることを弘法大師は「雲晴れて のちの光と思うなよ もとより空に有明の月」と詠んだことをお話されました。徳さんも聞き入っていましたが、ご住職に趣味はと質問し、「妻」と言ったら、「妻が趣味 言える住職 これ奇跡」と詠みました。


ところで、四国八十八ヶ所で唱える十三仏御本尊真言の十番目は阿弥陀如来です。阿弥陀とは、サンスクリット語で、アミターユス、アミターバから来ていて、無量寿、無量光とい言って、永遠なるいのちと無限なる智慧という意味です。





三回忌の時に唱えますが、ご真言は「おんあみりた ていせい からうん」です。「永遠なる光の阿弥陀様、どうぞ私たちを守り、悟りへとお導きください」と言う意味です。浄土宗や浄土真宗では、阿弥陀如来が御本尊ですから、「南無阿弥陀仏」と唱えます。

一般的には、「なんまんだぁ」と唱えていますね。それでいいのです。それでは、東日本大震災はじめ多くの災害によって亡くなれた方々のご冥福をお祈りし、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。合掌 徳温禅月。