おはようございます。
楽しみに待っていた千年あかり(9日~11日)が今日から始まります。日田天領まつり(10・11日)の一環で、国指定伝統的重要建築物保存地区の豆田町と花月川を中心に、3万本の竹灯篭にあかりが灯されます。日田天領まつりは、豆田地区の人たちが33年前に、町おこしから始まったものです。
現在の大分県日田市は江戸時代幕府直轄の天領地であり、日田金と言い、両替・掛屋が九州の大名の財政を支援していたところでもあります。また稀代の教育者広瀬淡窓さんが咸宜園をつくり、遠くは陸奥(宮城県)からなど延べ3000余人の塾生が学び舎に集ったのです。
千年あかりは豆田町の広い範囲で開催されていますので、散歩がてら、見て回るとそれぞれに工夫された灯篭を見ることができます。もともと里山の保全と町おこしの目的で開催されていますが、特に今年は7月の花月川が2度にわたり氾濫し、大水害を蒙りましたので、被災地支援の意味合いも強いかと思います。
あかりは、古代より人を癒す力があり、世界中で、灯されます。また亡くなった方を供養する意味もありますので東大寺の万灯会など有名です。大分県では、竹田市の竹楽や臼杵市のうすき竹宵などの竹灯篭のイベントがあります。
この機会に千年あかりに行って、手を合わせ、東日本大震災、北部九州大水害で亡くなられた方のご冥福をお祈りしましょう。また被災された方が、元気を取り戻し、復興されますようにお祈りします。
2012年11月9日金曜日
2012年11月8日木曜日
気風
おはようございます。
アメリカでは、昨日オバマ大統領が再選し、FOWARD(前進)を国民に約束しました。どこかの国の首相と違って、演説も格好いいですね。敗れたロムニー氏の敗戦の弁も爽やかでよかったですね。あんなに中傷合戦したのに、結果がでれば、ご和算にする姿勢がどうもアメリカの方が日本の政治家より大人だなと思います。国内では大臣が自分勝手な不認可発言をし、世間を騒がせ、一転し認可したようですが、やはりこの国の気風は地に落ちているように感じるのは私だけでしょうか。
それは、精神教育と言いますか、宗教教育と言いますか、こころの教育が欠落しているからではないでしょうか。日本の商社マンがアメリカに行くと、日曜日にゴルフバックを持って、アメリカ人が日曜礼拝に行っているのを横目にみて通り過ぎていくそうです。アメリカ人は日本人はさっぱりわからない人間と思っているそうです。
今、海外留学がさかんになり、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアにいくと、あなたの宗教は何ですかと質問されるそうです。日本の学生はただにっこり笑っているだけで、答えないそうです。(答えられない)小学校では倫理教育をし、中学高校で仏教やキリスト教やイスラム教など世界の宗教を教えてはどうでしょうか。世界の学校はしているのです。これを言うと文科省の官僚は宗教教育は家庭でするものと責任放棄するが、言いたいの宗教の基礎教育の必要性です。
たとえば現在自分たちが享受している資本主義経済がどのようにして発展してきたかもわからず、欲しいものを買い、食べたいものを食べて肥満になっているのは畜生とかわらないのではないでしょうか。日本の大学でも経済学部系に入るとマックスウェーバーの「プロテスタントティズムと資本主義」という本が課題になります。現在の資本主義が、キリスト教のプロテスタントの倫理感から発達したからです。マルクスが出て、唯物史観に基づいた「資本論」が世界を席巻するなか、マックスウェーバーは、精神からでる気風が、経済を発達させ、原動力なると歴史的検証をしたのです。いまならノーベル賞をもらっていると思います。
日本の資本主義の萌芽は、江戸時代になって、三河出身の旗本であった鈴木正三という人が、出家し曹洞宗の僧侶になり、「萬民徳用」という本を書きあらわし、働くことが修行であり、南無阿弥陀仏ととなえ働くことで救われることを説いたことです。日本における資本主義の倫理観つまり気風をあらわしたものです。ですから名古屋県の人たちはよく働く人が多いとおもいませか。トヨタも名古屋です。経済の発展や労働観には宗教が大きく寄与しているのです。そのような精神を日本の経営者で持っているのが、稲盛和夫氏や孫正義(ソフトバンク)、柳井 正(ユニクロ)ではないでしょうか。
ところが、戦後、戦前の教育の反動で、倫理教育もしない、宗教は個人のものだと言って何も教えないのでオーム真理教などわけのわからない邪教に一流大学の学生が、その魂を奪われて、あげくのはて殺人事件を起こす。国民は宗教嫌いが加速し、精神の崩壊がすすんでいるのではないでしょうか。
アメリカが抱えている問題、日本が抱えている問題、中国が抱えている問題は実は一つで、それぞれの国が国民を豊かにし、幸せにできるかということなのです。世界の課題は、ひとつなのです。しかし国家利害が先行し、他国の犠牲の上に、豊かさがあるならまさに悲劇だと思います。また豊かさや幸せとはどういうものか一人一人が考えるときにきていると思います。
大分県のエコキャンペーンで、4人家族で月に2千円以内しか電気を使わないご家庭が優勝していましたが、いつまでも電気も使い放題、水も使い放題、飯は食べ放題の生活から、そのようなものが幸福であるという価値観から脱却しない大変なことになります。
21世紀は、食糧難の時代になります。よその国からカネをだせば買えると思っていたら、ひもじい思いをします。(いつまでもあると思うな親とカネ)自分たちの食べるものは自分たちで作る国や地域にしないと明日はないのです。今の日本の政治家に任せていたら、食べ物もない国になります。そうおもいませんか。
私たち一人一人が、生活を変える、地域を変える、国を変える気風を持とうではありませんか。
アメリカでは、昨日オバマ大統領が再選し、FOWARD(前進)を国民に約束しました。どこかの国の首相と違って、演説も格好いいですね。敗れたロムニー氏の敗戦の弁も爽やかでよかったですね。あんなに中傷合戦したのに、結果がでれば、ご和算にする姿勢がどうもアメリカの方が日本の政治家より大人だなと思います。国内では大臣が自分勝手な不認可発言をし、世間を騒がせ、一転し認可したようですが、やはりこの国の気風は地に落ちているように感じるのは私だけでしょうか。
それは、精神教育と言いますか、宗教教育と言いますか、こころの教育が欠落しているからではないでしょうか。日本の商社マンがアメリカに行くと、日曜日にゴルフバックを持って、アメリカ人が日曜礼拝に行っているのを横目にみて通り過ぎていくそうです。アメリカ人は日本人はさっぱりわからない人間と思っているそうです。
今、海外留学がさかんになり、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアにいくと、あなたの宗教は何ですかと質問されるそうです。日本の学生はただにっこり笑っているだけで、答えないそうです。(答えられない)小学校では倫理教育をし、中学高校で仏教やキリスト教やイスラム教など世界の宗教を教えてはどうでしょうか。世界の学校はしているのです。これを言うと文科省の官僚は宗教教育は家庭でするものと責任放棄するが、言いたいの宗教の基礎教育の必要性です。
たとえば現在自分たちが享受している資本主義経済がどのようにして発展してきたかもわからず、欲しいものを買い、食べたいものを食べて肥満になっているのは畜生とかわらないのではないでしょうか。日本の大学でも経済学部系に入るとマックスウェーバーの「プロテスタントティズムと資本主義」という本が課題になります。現在の資本主義が、キリスト教のプロテスタントの倫理感から発達したからです。マルクスが出て、唯物史観に基づいた「資本論」が世界を席巻するなか、マックスウェーバーは、精神からでる気風が、経済を発達させ、原動力なると歴史的検証をしたのです。いまならノーベル賞をもらっていると思います。
日本の資本主義の萌芽は、江戸時代になって、三河出身の旗本であった鈴木正三という人が、出家し曹洞宗の僧侶になり、「萬民徳用」という本を書きあらわし、働くことが修行であり、南無阿弥陀仏ととなえ働くことで救われることを説いたことです。日本における資本主義の倫理観つまり気風をあらわしたものです。ですから名古屋県の人たちはよく働く人が多いとおもいませか。トヨタも名古屋です。経済の発展や労働観には宗教が大きく寄与しているのです。そのような精神を日本の経営者で持っているのが、稲盛和夫氏や孫正義(ソフトバンク)、柳井 正(ユニクロ)ではないでしょうか。
ところが、戦後、戦前の教育の反動で、倫理教育もしない、宗教は個人のものだと言って何も教えないのでオーム真理教などわけのわからない邪教に一流大学の学生が、その魂を奪われて、あげくのはて殺人事件を起こす。国民は宗教嫌いが加速し、精神の崩壊がすすんでいるのではないでしょうか。
アメリカが抱えている問題、日本が抱えている問題、中国が抱えている問題は実は一つで、それぞれの国が国民を豊かにし、幸せにできるかということなのです。世界の課題は、ひとつなのです。しかし国家利害が先行し、他国の犠牲の上に、豊かさがあるならまさに悲劇だと思います。また豊かさや幸せとはどういうものか一人一人が考えるときにきていると思います。
大分県のエコキャンペーンで、4人家族で月に2千円以内しか電気を使わないご家庭が優勝していましたが、いつまでも電気も使い放題、水も使い放題、飯は食べ放題の生活から、そのようなものが幸福であるという価値観から脱却しない大変なことになります。
21世紀は、食糧難の時代になります。よその国からカネをだせば買えると思っていたら、ひもじい思いをします。(いつまでもあると思うな親とカネ)自分たちの食べるものは自分たちで作る国や地域にしないと明日はないのです。今の日本の政治家に任せていたら、食べ物もない国になります。そうおもいませんか。
私たち一人一人が、生活を変える、地域を変える、国を変える気風を持とうではありませんか。
2012年11月7日水曜日
冬が来る前に
おはようございます。
昨日、藤本義一さんのことを書いたが、私も3年前に、66歳の兄を亡くし、57歳の大切な友人を亡くした。私が60歳を過ぎたら、これからが本当の人生だから待っていてよと、山や川に遊びに行こう、もっと語り合おうよと約束してしていたが、先に逝ってしまった。
お別れのときに、耳に蘇り、聞こえてきた(幻覚)のが、35年前に聞いた紙ふうせんの「冬が来る前に」だ。
「冬が来る前に」 作詞 後藤悦治郎 大分県玖珠町岳切渓谷
坂の細い道を 夏の雨にうたれ
言葉さがし続けて 別れた二人
小麦色に焼けた 肌も色もあせて
黄昏わたし一人 海をみるの
冬が来る前に もう一度あの人と
めぐり逢いたい
秋の風が吹いて 街はコスモス色
あなたからの便り 風に聞くの
落葉つもる道は 夏の想い出道
今日もわたし一人 バスを待つの
この歌詞は、別れた人とまためぐり逢いたいという失恋歌だと思いますが、紙ふうせんのボーカルの平山泰代さんのすきとおった、哀愁のこもった歌声を聴いていると、どうも冬が死を意味しているように思えてならないのです。
人は死を通してからしか生をかんがみることはないと思う。父や母の死、兄弟の死、親しい友人の死、可愛がっていた犬の死、など思い出がよみがえり、ソファにもたれかけて涙に明け暮れる日々を過ごしたことがない人はいないと思う。
死は、必ず誰しもやってくるのです。だからこそ現実の人生は一度限りであり、その人生に精一杯自分を表現するべきだと思う。与えられたいのちを大切に生き切ってこそ、静寂をあじあうことができるのだと思います。
そして、死をみつめていると自分の周りの人たちがいかにたいせつな人たちであるかがわかって、その大切なひたのためにも、生きなければならないのです。静かに座り、大自然に耳を傾けよう、そして魂の奥深く(宇宙)から聞こえてくる声を聴こう。
「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」ー空海ー
昨日、藤本義一さんのことを書いたが、私も3年前に、66歳の兄を亡くし、57歳の大切な友人を亡くした。私が60歳を過ぎたら、これからが本当の人生だから待っていてよと、山や川に遊びに行こう、もっと語り合おうよと約束してしていたが、先に逝ってしまった。
お別れのときに、耳に蘇り、聞こえてきた(幻覚)のが、35年前に聞いた紙ふうせんの「冬が来る前に」だ。
「冬が来る前に」 作詞 後藤悦治郎 大分県玖珠町岳切渓谷
坂の細い道を 夏の雨にうたれ
言葉さがし続けて 別れた二人
小麦色に焼けた 肌も色もあせて
黄昏わたし一人 海をみるの
冬が来る前に もう一度あの人と
めぐり逢いたい
秋の風が吹いて 街はコスモス色
あなたからの便り 風に聞くの
落葉つもる道は 夏の想い出道
今日もわたし一人 バスを待つの
この歌詞は、別れた人とまためぐり逢いたいという失恋歌だと思いますが、紙ふうせんのボーカルの平山泰代さんのすきとおった、哀愁のこもった歌声を聴いていると、どうも冬が死を意味しているように思えてならないのです。
人は死を通してからしか生をかんがみることはないと思う。父や母の死、兄弟の死、親しい友人の死、可愛がっていた犬の死、など思い出がよみがえり、ソファにもたれかけて涙に明け暮れる日々を過ごしたことがない人はいないと思う。
死は、必ず誰しもやってくるのです。だからこそ現実の人生は一度限りであり、その人生に精一杯自分を表現するべきだと思う。与えられたいのちを大切に生き切ってこそ、静寂をあじあうことができるのだと思います。
そして、死をみつめていると自分の周りの人たちがいかにたいせつな人たちであるかがわかって、その大切なひたのためにも、生きなければならないのです。静かに座り、大自然に耳を傾けよう、そして魂の奥深く(宇宙)から聞こえてくる声を聴こう。
「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」ー空海ー
2012年11月6日火曜日
藤本義一さん
おはようございます。
11PMでの藤本義一さんの軽妙な辛口の話し方に魅了された人は多いと思います。特に団塊世代は、高校や大学時代ですので、深夜、両親が寝静まって、テレビをつけ、こっそり見ていた方が多いかと思います。その当時はまだテレビは一家に一台の時代でしたから。
藤本義一さんは、11PMの司会者のときに、原発の危険性を取り上げ、テレビ局の反対を押し切って放映したくらい、反骨精神と反中央集権の作家であり、戦時中そして戦後の焼け野原のなかでひもじい思いをして生き延びてきたのに、テレビでは微塵だにださない方だったという印象が深いのです。私たちは、戦後を知っている直木賞作家である藤本義一さんや五木寛之さん、瀬戸内寂聴さんなどの本を読んで、彼らが肌で感じ、訴えていることに耳をかさなければ日本の将来は危ういのではないでしょうか。
藤本さんの著作で4年前に出された「歎異抄に学ぶ人生の智慧」(PHP)があります。藤本さんはマルチタレントのようなところがあるので、えまさか、親鸞の歎異抄についてかくのかと少しびっくりしました。しかし、藤本さんは60歳を過ぎてから、「方丈記」「徒然草」そして「歎異抄」を3年間に一冊づつ繰り返し読んでいったそうです。「三年読めば、古典が自然に現代に融合してきて、自分の中で浸み込んで来る気配がある」と書いています。
誰もが人生のどこかで名著に巡り合い、まさに座右の書にするのですが、特に古典は、風雪に耐えて多くの方に読まれ続けているもので、まさに生と死が書かれています。私が必ず、自分のそばに置き、いつも読んでいるものは、「聖書」と「仏教聖典」ですが、それは宗教書のみならず、文学的にも最高峰のものだからです。聖書の詩篇などは、どれだけで癒されることでしょう。
藤本さんは、この「歎異抄に学ぶ人生の智慧」のなかで、お父さんやお母さんの生き方そして死を通して、歎異抄をわかりやすく語っています。皆さん一人一人が、藤本さんの遺言と思って読んでみませんか。そんな折、伊集院静氏が作詞した前川清さんの最新の歌を耳にしたのでご紹介します。
「哀しみの終わりに」 作詞 伊集院静
今年また夏が来て あなたみたいに光る
大好きな紫陽花(あじさい)が あなたの窓叩く
いなくなってしまうと わかっていたなら
ドアは開けなかった
二度と帰らないのが わかっていたのなら
離しはしなかったのに
本当ですか 哀しみにもやがて終わりがくるって
本当ですか 哀しみが終わって いつか笑える日が来る
空に星たちが来て あの夏の日が揺れる
あなたに似ているアネモエが微笑みかけてくる
いなくなってしまうと わかっていたなら
駅へ行かせなかった
二度と逢えないことが わかっていたなら
抱きしめ続けていたのに
という歌詞ですが、前川さんの歌をすぐ聞いてみてください。この歌詞が心にしみてきますよ。伊集院さんも夏目雅子さんを亡くしました。そして桑名正博さんや藤本義一さんなど今多くの方がこの世を去っていますが、藤本さんたちと東日本大震災や北部九州大水害で亡くなられた方たちのご冥福をこころよりお祈りします。
11PMでの藤本義一さんの軽妙な辛口の話し方に魅了された人は多いと思います。特に団塊世代は、高校や大学時代ですので、深夜、両親が寝静まって、テレビをつけ、こっそり見ていた方が多いかと思います。その当時はまだテレビは一家に一台の時代でしたから。
藤本義一さんは、11PMの司会者のときに、原発の危険性を取り上げ、テレビ局の反対を押し切って放映したくらい、反骨精神と反中央集権の作家であり、戦時中そして戦後の焼け野原のなかでひもじい思いをして生き延びてきたのに、テレビでは微塵だにださない方だったという印象が深いのです。私たちは、戦後を知っている直木賞作家である藤本義一さんや五木寛之さん、瀬戸内寂聴さんなどの本を読んで、彼らが肌で感じ、訴えていることに耳をかさなければ日本の将来は危ういのではないでしょうか。
藤本さんの著作で4年前に出された「歎異抄に学ぶ人生の智慧」(PHP)があります。藤本さんはマルチタレントのようなところがあるので、えまさか、親鸞の歎異抄についてかくのかと少しびっくりしました。しかし、藤本さんは60歳を過ぎてから、「方丈記」「徒然草」そして「歎異抄」を3年間に一冊づつ繰り返し読んでいったそうです。「三年読めば、古典が自然に現代に融合してきて、自分の中で浸み込んで来る気配がある」と書いています。
誰もが人生のどこかで名著に巡り合い、まさに座右の書にするのですが、特に古典は、風雪に耐えて多くの方に読まれ続けているもので、まさに生と死が書かれています。私が必ず、自分のそばに置き、いつも読んでいるものは、「聖書」と「仏教聖典」ですが、それは宗教書のみならず、文学的にも最高峰のものだからです。聖書の詩篇などは、どれだけで癒されることでしょう。
藤本さんは、この「歎異抄に学ぶ人生の智慧」のなかで、お父さんやお母さんの生き方そして死を通して、歎異抄をわかりやすく語っています。皆さん一人一人が、藤本さんの遺言と思って読んでみませんか。そんな折、伊集院静氏が作詞した前川清さんの最新の歌を耳にしたのでご紹介します。
「哀しみの終わりに」 作詞 伊集院静
今年また夏が来て あなたみたいに光る
大好きな紫陽花(あじさい)が あなたの窓叩く
いなくなってしまうと わかっていたなら
ドアは開けなかった
二度と帰らないのが わかっていたのなら
離しはしなかったのに
本当ですか 哀しみにもやがて終わりがくるって
本当ですか 哀しみが終わって いつか笑える日が来る
空に星たちが来て あの夏の日が揺れる
あなたに似ているアネモエが微笑みかけてくる
いなくなってしまうと わかっていたなら
駅へ行かせなかった
二度と逢えないことが わかっていたなら
抱きしめ続けていたのに
という歌詞ですが、前川さんの歌をすぐ聞いてみてください。この歌詞が心にしみてきますよ。伊集院さんも夏目雅子さんを亡くしました。そして桑名正博さんや藤本義一さんなど今多くの方がこの世を去っていますが、藤本さんたちと東日本大震災や北部九州大水害で亡くなられた方たちのご冥福をこころよりお祈りします。
2012年11月5日月曜日
素朴な祈り
おはようございます。
昨日は、高塚愛宕地蔵尊(大分県日田市天瀬町)にお参りに行きました。11月4日日曜日ということもあり、10時頃でしたが、上の駐車場はほぼ満杯で、参拝客が多く、さすが年間約150万人来ていると言われているなと思いました。
今から約1200年前に、あの東大寺の大仏を立てたと言われる行基が、ここにきて祈ったら、銀杏の木に神霊が宿り、地蔵菩薩をほり、祀ったものだそうです。行基がこの地にきていることが驚かされます。
そして年間約150人の人たちが高塚地蔵尊をお参りに来るのはなぜでしょうか。ご利益があるからでしょうが、私も定年まで仕事に明け暮れていましたので、信仰心は持っていましたが昨年来何十年ぶりかに数回きています。
お地蔵様と呼ばれ、日本国中、どこでも目にすることができます。先日、テレビ番組で、石巻の村にある6体の地蔵様が、栄村の方に90度動いたそうです。栄村の人達が無事であるようにお地蔵様が祈ってくれているそうです。信じますか。
お地蔵様は、大地の蔵と言い、私たちの苦しみを、自分が身代わりになって引き受けてくれているのです。右手に錫杖、左手に宝珠を持っています。右手の錫杖で、私たちの煩悩の夢を覚まさせてくれます。左手の宝珠で、あらゆる人の願い事を叶えてくれます。
参拝する人の中には、病気で悩んでいる人、家族が難病にかかっている人、あるいは借金を抱え生活できない人、事業が不振に陥っている人、今の平穏無事な生活に感謝している人などさまざまは人がおられましょう。
人々が感謝の気持ちを持って、この高塚地蔵尊に訪れ、理屈抜きで、素朴なお祈りができることは素晴らしいことではないでしょうか。(高塚愛宕地蔵尊はHPで見れます。)
昨日は、高塚愛宕地蔵尊(大分県日田市天瀬町)にお参りに行きました。11月4日日曜日ということもあり、10時頃でしたが、上の駐車場はほぼ満杯で、参拝客が多く、さすが年間約150万人来ていると言われているなと思いました。
今から約1200年前に、あの東大寺の大仏を立てたと言われる行基が、ここにきて祈ったら、銀杏の木に神霊が宿り、地蔵菩薩をほり、祀ったものだそうです。行基がこの地にきていることが驚かされます。
そして年間約150人の人たちが高塚地蔵尊をお参りに来るのはなぜでしょうか。ご利益があるからでしょうが、私も定年まで仕事に明け暮れていましたので、信仰心は持っていましたが昨年来何十年ぶりかに数回きています。
お地蔵様と呼ばれ、日本国中、どこでも目にすることができます。先日、テレビ番組で、石巻の村にある6体の地蔵様が、栄村の方に90度動いたそうです。栄村の人達が無事であるようにお地蔵様が祈ってくれているそうです。信じますか。
お地蔵様は、大地の蔵と言い、私たちの苦しみを、自分が身代わりになって引き受けてくれているのです。右手に錫杖、左手に宝珠を持っています。右手の錫杖で、私たちの煩悩の夢を覚まさせてくれます。左手の宝珠で、あらゆる人の願い事を叶えてくれます。
参拝する人の中には、病気で悩んでいる人、家族が難病にかかっている人、あるいは借金を抱え生活できない人、事業が不振に陥っている人、今の平穏無事な生活に感謝している人などさまざまは人がおられましょう。
人々が感謝の気持ちを持って、この高塚地蔵尊に訪れ、理屈抜きで、素朴なお祈りができることは素晴らしいことではないでしょうか。(高塚愛宕地蔵尊はHPで見れます。)
2012年11月2日金曜日
稲盛哲学とアメーバ経営Ⅳ
おはようございます。
稲盛和夫氏の哲学・思想から具対的な京セラフィロソフィが作らているのですが、氏の著作の「こころを高める、経営を伸ばす」と「成功への情熱」(PHP)を熟読して下さい。文庫本もでていますので、ビジネスマンならいつも手元において、読むのです。必要な項目からも読むこともできます。稲盛氏の言葉を自分のものにするのです。そうすれば自ずと行動に出てきます。これを同化と言います。おなじ考え方を持つのです。誰でもこころざしを持って、学べば稲盛氏のようになれるのです。
4輪駆動車の前輪である稲盛哲学についてお話してきましたが、後輪のアメーバ経営も、フィロソフィが含まれています。つまり連動しているわけです。これは稲盛氏の「実学」と「アメーバ経営」(日本経済新聞社)が出ていますので、総務部や経理部の人は、必読書です。また京セラの関連会社のKCCSでは、アメーバ経営ゼミナールなどのセミナーが開催されていますし、コンサルティングもしていますので、会社の未来投資として受けることもおすすめします。個人もこのような学びの自己投資を惜しまないひとはグングン成長しているし、アメーバ経営に取り組み、KCCS指導を受けている会社は伸びています。なぜなら従来の手法と違うからです。
「アメーバ経営」より、稲盛氏は、三つの目的があると書いています。
第一の目的 市場に直結した部門別採算制度の確立
第二の目的 経営者意識を持つ人材の育成
第三の目的 全員参加経営の実現
第一の目的は、常に現在の数字で計ることですが、中小零細企業でも部門別とは少なくても総務などの間接部門と、直接部門を分けて時間当たりの採算を出すことです。部門は最少単位までできます。部門長ができるような損益計算書を作ります。間接部門は本部費を徴収して同様に運営していきます。
アメーバ単位の責任者が、そのアメーバ(部門など)の社長です。ですから第二の目的の経営者意識をもった人材ができてくるのです。売り上げのことしかわからない部門長では、会社内の役割を果たせず、収益を出すことはできないのです。最小単位のアメーバが確実に収益を上げていくシステムですから、総体はどうなるかはっきりしています。その責任者はモティベーションが最も高まるのです。
そして第三の目的である、一つ一つのアメーバが経営に関与しているわけですから、全員が経営に参加できるし、その実感をあじあい、ひとりひとりが、備品などの使い方なども工夫して経費を削減していくのです。
経営とは「売り上げを最大限に、経費を最小限にしていく」努力や工夫を日々、経営者が先頭に立って、全社員で取り組むことなのです。経営者および幹部は、会社全体の損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー表を毎月、見て問題点がないが検証することが大事です。これらのものは委託している会計事務所で自動的にできます。とくにキャッシュフロー表を見ていないと、勘定あって銭足らずになって、倒産の憂き目の会うことがあります。
何のために働くのか、何のために経営するのか、あなたが答えをだして、心を高めて、経営をのばそうではありせんか。「こころざし」こそすべてです。
稲盛和夫氏の哲学・思想から具対的な京セラフィロソフィが作らているのですが、氏の著作の「こころを高める、経営を伸ばす」と「成功への情熱」(PHP)を熟読して下さい。文庫本もでていますので、ビジネスマンならいつも手元において、読むのです。必要な項目からも読むこともできます。稲盛氏の言葉を自分のものにするのです。そうすれば自ずと行動に出てきます。これを同化と言います。おなじ考え方を持つのです。誰でもこころざしを持って、学べば稲盛氏のようになれるのです。
4輪駆動車の前輪である稲盛哲学についてお話してきましたが、後輪のアメーバ経営も、フィロソフィが含まれています。つまり連動しているわけです。これは稲盛氏の「実学」と「アメーバ経営」(日本経済新聞社)が出ていますので、総務部や経理部の人は、必読書です。また京セラの関連会社のKCCSでは、アメーバ経営ゼミナールなどのセミナーが開催されていますし、コンサルティングもしていますので、会社の未来投資として受けることもおすすめします。個人もこのような学びの自己投資を惜しまないひとはグングン成長しているし、アメーバ経営に取り組み、KCCS指導を受けている会社は伸びています。なぜなら従来の手法と違うからです。
「アメーバ経営」より、稲盛氏は、三つの目的があると書いています。
第一の目的 市場に直結した部門別採算制度の確立
第二の目的 経営者意識を持つ人材の育成
第三の目的 全員参加経営の実現
第一の目的は、常に現在の数字で計ることですが、中小零細企業でも部門別とは少なくても総務などの間接部門と、直接部門を分けて時間当たりの採算を出すことです。部門は最少単位までできます。部門長ができるような損益計算書を作ります。間接部門は本部費を徴収して同様に運営していきます。
アメーバ単位の責任者が、そのアメーバ(部門など)の社長です。ですから第二の目的の経営者意識をもった人材ができてくるのです。売り上げのことしかわからない部門長では、会社内の役割を果たせず、収益を出すことはできないのです。最小単位のアメーバが確実に収益を上げていくシステムですから、総体はどうなるかはっきりしています。その責任者はモティベーションが最も高まるのです。
そして第三の目的である、一つ一つのアメーバが経営に関与しているわけですから、全員が経営に参加できるし、その実感をあじあい、ひとりひとりが、備品などの使い方なども工夫して経費を削減していくのです。
経営とは「売り上げを最大限に、経費を最小限にしていく」努力や工夫を日々、経営者が先頭に立って、全社員で取り組むことなのです。経営者および幹部は、会社全体の損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー表を毎月、見て問題点がないが検証することが大事です。これらのものは委託している会計事務所で自動的にできます。とくにキャッシュフロー表を見ていないと、勘定あって銭足らずになって、倒産の憂き目の会うことがあります。
何のために働くのか、何のために経営するのか、あなたが答えをだして、心を高めて、経営をのばそうではありせんか。「こころざし」こそすべてです。
2012年11月1日木曜日
稲盛哲学とアメーバ経営Ⅲ
おはようございます。
昨日の因果応報について、数名の方より質問がありました。「東日本大震災などで罪のない方が亡くなっているのはどのような因果関係でしょうか」というものでした。
まず、因果応報とは人間界の真理を言ったものですが、宇宙において地球は生きている存在だということだと思います。地球は、地球として人間と同じように正常に保つために、背筋を伸ばすことをしていると思います。その背筋を伸ばす時におきるのが地震だと思います。
私も今年7月の北部九州大水害で被災し、みるみるうちに1メートル近くに達し、床上浸水となり、救助隊に92歳のお袋を救助してもらいました。どうしてこのような目に合うのかと考えても、何も悪いことをしていないのにと想います。このような天災は、いつでもどこでも起き、大自然に対して人間の力など及ばないとことを警告していると思います。それは個別の問題ではなく、宇宙や自然界と人類との因果応報かもしれません。
このことについて、稲盛和夫氏と瀬戸内寂聴さんとの対談集「利他」人は人のために生きる(小学館)にて書かれていますので、ご一読ください。人間界でも、あんないい人が癌で亡くなったが、世間で悪いことをしている人が長生きしているとか耳にしますが、そのことにも触れています。
人間界においての因果応報は仏教では、三時業という言葉で表現されていますが、たとえば一所懸命働いて、すぐその成果が出る場合がありますが、10年20年いや30年経ってやっと芽がでて、おおきな成果がおさめることがあります。また親父さんが社長のときには、業績が伸びなかったが、息子さんの代で大きく飛躍したという例もあります。結果には時間というものがあるのです。よきも悪しきも、同様のことがそれぞれの人生に起きるのです。だから業というのです。善因善果、悪因悪果は、よきも悪しきも孫子の代まで影響を及ぼすことは、現実が物語っています。
しかし、稲盛和夫氏は、個人も会社もそのような過去業から脱却し、人生を、会社を、豊かな成長とするために到達した哲学を「稲盛和夫の哲学」で述べているのです。その哲学・思想は、お釈迦様が説いた六波羅蜜です。このことを一貫して述べています。六波羅蜜の思想が、京セラフィロソフィに反映され、具体的な仕事の仕方にまで、言及しているのです。
六波羅蜜とは、「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智恵」の六つの行を言います。これが企業経営と何の関係があるのかいう人がいますが、少なくともこのことを知らずして人の上に立つべきでないと思います。稲盛氏が多くの書籍の中で、わかりやすく書いていますのでぜひ読んで下さい。
「布施」ということばは聞いたことがあると思います。お坊さんに法事の時などにおつつみすることのみが布施でありません。無財の七施と言って、身施(自分の体で人のために汗を流す)、心施(他人に対する思いやりをもって接する)、眼施(なごやかになるようなやさしいまなざしを捧げる)、和顔施(微笑みのある柔和な笑顔で接する)、言施(温かい言葉をかける)、牀座施(席を喜んで譲る)、房舎施(困っている人に一夜の宿を提供する)があるのですが、このような行為が会社の中でみんなが心がけるなら素晴らしい社内環境だと思いませんか。京セラという会社ができているかどうかを疑う前に、稲盛和夫氏が日本航空を再建するとき、無報酬の会長として尽力されたことは、メディアでも報道された周知の事実です。
「持戒」とは、人間は欲望のおもむくままに行動する傾向がありますので、悪に陥らないように、自由気ままな心をおさえることを言います。社会には法律があり、会社にも就業規則があります。人間社会がうまくいくように法律やルールをつくっているのです。上場会社も含めて、コンプライアンス(法令遵法)に欠けたために多くの会社が倒産を余儀なくされました。
「忍辱」とは、この世は生生流転、諸行無常です。時代は変化し、艱難辛苦がふりかかってきます。どんな時でも、じっと耐え忍んで次のチャンスの準備をする心構えが必要です。
「精進」とは、生きとし生けるものすべて精一杯生きているのです。怠けているのものはありせん。稲盛氏は、一所懸命働くこと、一生懸命働くことが精進すると言っています。社長が社員が一所懸命仕事に努力し工夫している会社のみが、市場や消費者つまり顧客から支持され、繁栄するのです。
「禅定」とは、座禅し、こころを静め、宇宙と一体になることです。経営者やリーダーの意思決定次第で会社の業績に反映します。ビジネスマンに必要な判断力や決断力を正常に養うために座禅・瞑想を朝晩お勧めします。
そして「智慧」です。先人に学び、宇宙の真理、人生の悟りの境地に至るのです。この智慧に到達した経営者こそ稲盛和夫氏であり、また多くの方がおられます。六波羅蜜という仏教の奥義を書きましたがキリスト教でも同様のことを言っているのです。運命は変えられるのです。もし今、逆境に立たされていたら、六波羅蜜を実践してみませんか。まずは生きているうちに智慧にいたる「行」をしようではありませんか。このことは仕事でも家庭でも活かされる考え方なのです。そして来世にいくときに、やり遂げたと思いながら行きたいし、神や仏にお会いしたときに善きことをしてきましたねと褒めてもらいたいと思いませんか。
財団法人仏教伝道協会より、わかりやすい「仏教聖典」がわずか500円にて、でていますので個人でも会社でもご購入して毎日読んで下さい。
昨日の因果応報について、数名の方より質問がありました。「東日本大震災などで罪のない方が亡くなっているのはどのような因果関係でしょうか」というものでした。
まず、因果応報とは人間界の真理を言ったものですが、宇宙において地球は生きている存在だということだと思います。地球は、地球として人間と同じように正常に保つために、背筋を伸ばすことをしていると思います。その背筋を伸ばす時におきるのが地震だと思います。
私も今年7月の北部九州大水害で被災し、みるみるうちに1メートル近くに達し、床上浸水となり、救助隊に92歳のお袋を救助してもらいました。どうしてこのような目に合うのかと考えても、何も悪いことをしていないのにと想います。このような天災は、いつでもどこでも起き、大自然に対して人間の力など及ばないとことを警告していると思います。それは個別の問題ではなく、宇宙や自然界と人類との因果応報かもしれません。
このことについて、稲盛和夫氏と瀬戸内寂聴さんとの対談集「利他」人は人のために生きる(小学館)にて書かれていますので、ご一読ください。人間界でも、あんないい人が癌で亡くなったが、世間で悪いことをしている人が長生きしているとか耳にしますが、そのことにも触れています。
人間界においての因果応報は仏教では、三時業という言葉で表現されていますが、たとえば一所懸命働いて、すぐその成果が出る場合がありますが、10年20年いや30年経ってやっと芽がでて、おおきな成果がおさめることがあります。また親父さんが社長のときには、業績が伸びなかったが、息子さんの代で大きく飛躍したという例もあります。結果には時間というものがあるのです。よきも悪しきも、同様のことがそれぞれの人生に起きるのです。だから業というのです。善因善果、悪因悪果は、よきも悪しきも孫子の代まで影響を及ぼすことは、現実が物語っています。
しかし、稲盛和夫氏は、個人も会社もそのような過去業から脱却し、人生を、会社を、豊かな成長とするために到達した哲学を「稲盛和夫の哲学」で述べているのです。その哲学・思想は、お釈迦様が説いた六波羅蜜です。このことを一貫して述べています。六波羅蜜の思想が、京セラフィロソフィに反映され、具体的な仕事の仕方にまで、言及しているのです。
六波羅蜜とは、「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智恵」の六つの行を言います。これが企業経営と何の関係があるのかいう人がいますが、少なくともこのことを知らずして人の上に立つべきでないと思います。稲盛氏が多くの書籍の中で、わかりやすく書いていますのでぜひ読んで下さい。
「布施」ということばは聞いたことがあると思います。お坊さんに法事の時などにおつつみすることのみが布施でありません。無財の七施と言って、身施(自分の体で人のために汗を流す)、心施(他人に対する思いやりをもって接する)、眼施(なごやかになるようなやさしいまなざしを捧げる)、和顔施(微笑みのある柔和な笑顔で接する)、言施(温かい言葉をかける)、牀座施(席を喜んで譲る)、房舎施(困っている人に一夜の宿を提供する)があるのですが、このような行為が会社の中でみんなが心がけるなら素晴らしい社内環境だと思いませんか。京セラという会社ができているかどうかを疑う前に、稲盛和夫氏が日本航空を再建するとき、無報酬の会長として尽力されたことは、メディアでも報道された周知の事実です。
「持戒」とは、人間は欲望のおもむくままに行動する傾向がありますので、悪に陥らないように、自由気ままな心をおさえることを言います。社会には法律があり、会社にも就業規則があります。人間社会がうまくいくように法律やルールをつくっているのです。上場会社も含めて、コンプライアンス(法令遵法)に欠けたために多くの会社が倒産を余儀なくされました。
「忍辱」とは、この世は生生流転、諸行無常です。時代は変化し、艱難辛苦がふりかかってきます。どんな時でも、じっと耐え忍んで次のチャンスの準備をする心構えが必要です。
「精進」とは、生きとし生けるものすべて精一杯生きているのです。怠けているのものはありせん。稲盛氏は、一所懸命働くこと、一生懸命働くことが精進すると言っています。社長が社員が一所懸命仕事に努力し工夫している会社のみが、市場や消費者つまり顧客から支持され、繁栄するのです。
「禅定」とは、座禅し、こころを静め、宇宙と一体になることです。経営者やリーダーの意思決定次第で会社の業績に反映します。ビジネスマンに必要な判断力や決断力を正常に養うために座禅・瞑想を朝晩お勧めします。
そして「智慧」です。先人に学び、宇宙の真理、人生の悟りの境地に至るのです。この智慧に到達した経営者こそ稲盛和夫氏であり、また多くの方がおられます。六波羅蜜という仏教の奥義を書きましたがキリスト教でも同様のことを言っているのです。運命は変えられるのです。もし今、逆境に立たされていたら、六波羅蜜を実践してみませんか。まずは生きているうちに智慧にいたる「行」をしようではありませんか。このことは仕事でも家庭でも活かされる考え方なのです。そして来世にいくときに、やり遂げたと思いながら行きたいし、神や仏にお会いしたときに善きことをしてきましたねと褒めてもらいたいと思いませんか。
財団法人仏教伝道協会より、わかりやすい「仏教聖典」がわずか500円にて、でていますので個人でも会社でもご購入して毎日読んで下さい。
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