2015年11月25日水曜日

青山俊董禅師に学ぶⅡ~正師、正しい教えに出会う~


おはようございます。
青山俊董禅師の法話の続きですが、「人間はあれが欲しい、これも欲しいと際限なく求めるが、それはきりがない話しなのです。「世間、福を求むる人 我に過ぎたるはなし」と釈尊のお話しがあるが、人間は欲が突っ張っているから、人生修行をしなればならない。」
 

「川の石も上流ではゴツゴツとした角ばってばかりですが、だんだん下流に流れていくにつれ、かどが取れ丸くなります。人生修行にも時間が必要で、だてに年を重ねるのではないです。人は練られて、練られて大成していく、熟成しなければ味は出てこない」



俊董禅師が、「安心という字を、ふつうはあんしんと読むが、仏教であんじんと読む。いつ死んでも、どこで死んでも大丈夫、どうなっても大丈夫という心境になることが羅漢であります。」とお話ししておりました。



「そのためには、良き師に出会うことが、人生もっとも大事な宝です。最初の出会いは、ご両親で、昔から三つ子の魂百までと言いますが、140億の脳細胞を使っていく土台は、三歳までに出来上がります。おっぱいは体の栄養ですが、赤ちゃんを抱いて向き合って目を見つめながらお乳をあげるのです。この子が明日の人類を救う、明日の世界を救う子になるようにと祈りながら子供を育てるのです。ですから心の栄養でもあるのです。インドで発見されたアマラはカマラは、オオカミに育てられたばっかりに人間に戻ることなくその生涯を終えました。子が親を選ぶことはできない。そのことをしっかり肝に銘じ子供を育てなければなりません。」


「昔から下農は草をつくり、中農は作物をつくり、上農は土をつくると言われている通りです。」法隆寺の大改築を成し遂げた棟梁の西岡常吉さんのお話をされましたが、農業をしている人も、大工をされている方も、自分を磨いてこそ一流と言われる者になれるのです。そのような方には必ずや正師と言われる方がいて、正しい教えをしてくださるのです。



先生の寺へ一人の青年が訪ねてきて、本堂で座禅をしてもよいかとのことだったので、許可をし、その座禅を見たときに、ヨガの座禅だとすぐにわかったそうです。


その青年は、先生と少しお話をしたいというので、話を伺うと、オウム真理教に入り、後悔していることを話し、苦しんでいる信者がいるので、その救出活動をしているとのことでした。その後その青年は、「オウムからの帰還」という本を出し、その本には教祖や教理の問題点を明確に書いているそうです。オウム真理教事件から多くのことを学んだのですから、混沌とした今だからこそこの教訓を活かさなければなりません。


間違った人や間違った教えに触れると、人生を台無しにしてしまいます。宗教や哲学・思想で間違いかどうかは、人間がなれない神仏への信仰があるかどうか、人間教祖を神格化しているかどうかです。人間は神仏にはなれません。そのことを明確にしていないと人間は傲慢になり、自分が成り変わろうとします。それは悟りでもなく、成長でもありません。いつの間にか魂を悪魔に売り渡すことになりかねません。



正しい教え、正しいことを教えてくれる正師に出会うかどうかもまた修行だと思うのです。この辺でお話の続きは次回に書きます。それでは皆様のご健勝をお祈りしつつ 南~無 合掌礼拝 徳温禅月。








あんあんしんあん

0 件のコメント:

コメントを投稿