2015年12月9日水曜日

NHK100分で名著「良寛詩歌集」を視て①~ありのままの自己をみつめて~



  こんにちは

今回はNHKEテレ100分で名著「良寛詩歌集」で、東京国際仏教塾で師事した中野東禅先生がレクチャーされるということで、待ちに待った番組です。先週から始まったのですが、今朝の6時と午後12時から再放送を視なおしました。


日本人のどこかに、良寛的生き方への共感と憧れを持っているのではないでしょうか。現代人の誰一人として、良寛さんと同じ生き方と精神的高みに到達することは、現代のお坊さんでもいないのではないでしょうか、それでも興味がつのるのです。


良寛さんの生まれは、現代風にいえば、いいとこの坊ちゃん、分限者どんのボンボンと言うところでしょうか?いわゆる出雲崎の名主(いわゆる庄屋)の長男ですから、なに不自由なく育ったのでしょう。


しかし栄蔵少年(のちの良寛)は、純真で、まじめで、馬鹿正直者でしたので、「橘屋の昼行灯(ひるあんどん)」と呼ばれていたそうです。しかし知的好奇心は旺盛で、論語や十三経を読んでいて、記憶力が抜群だったそうです


江戸時代に大分県日田市で「咸宜園」をつくられた広瀬淡窓先生は昼行灯ではありませんが、子供の頃から病弱で跡継ぎを弟九兵衛に譲って、約5000名が集う私塾にするのです。共通点があるなと思うのです。人間やはり壁にぶつかったり、苦労しないと学問を成就したり、悟りには到達しないのではないでしょうか。つまりほんものにはならないですね。


15歳で文孝と名乗り、18歳で名主見習いをするのですが、ドジというか、間抜けと言うか、いわゆる一般常識的な適応力に欠けていたのでしょう。大失敗をやらかします。本人も名主の仕事など自分にはできないと思ったのでしょう。


父親に願いでて出家します。つまり僧になるということですが、今のお坊さんとは違って、出家するとは世のしがらみを捨てきる、地位や名誉や財産などすべてです。今のお坊さんたちもそれをしたら少しはお坊さんに対する評価が変わるのではないでしょうか。


この時の良寛さんは、自分の生き方を求めていたのでしょう。いわゆる求道者ですね。「すべてを捨てきったあとに見えてくるものがある」と中野東禅先生はおっしゃっています。今の岡山県の光照寺の国仙和尚から得度を受け、授かった僧名が「大愚良寛」です。



その後の良寛さんは、「縁」に身をまかせた生き方をするのですが、集まってくる条件である「縁」をどう主体的に生きるかということです。そして良寛さんは「清貧こそが世間の苦悩や哀しみのもととなる欲望を超える道だ」と悟るのです。



「わが命はどこから来て、どこへ行くのでしょうか。・・・・考えても、その始まりもわかりません。だから、現在もわかっていないのです。縁によって転変する生も掴みようがありませんが、その中こそ我という真実があるのです、まして、是だの非だの争うのは空しい。いささかも分別を差しはさむ隙間はないのです。ただ、今の縁をよしとし、大切にして生きるだけです。」という心境になっていくのです。


このような心境になるには、乞食修行をしなければ見えてこないのです。名経営者である京セラの創業者稲盛和夫氏も臨済宗で得度され托鉢修行をされたのです。現代の僧も托鉢や乞食修行を必須科目にしてはどうでしょうか。


私は純然たる在家として、得度しましたから、経済も寺に依存せずにコンサルタントで食って行っています。いわゆる寺経済が生活の基盤になると難しい面があると思うのです。


とにもかくにも本日、午後10時より第二回~清貧に生きる~があります。ぜひ見てください。それでは皆様のご健勝を祈りつつ 南無 合掌礼拝 徳温禅月。


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