2015年3月10日火曜日

遊行の果てに

 おはようございます。
日田市天瀬町に顕徳坊尊という浄玄さんというお坊さんを祀っている社と祠があります。地元の人がなぜ江戸時代中期から今日まで、顕徳坊尊を敬い祀ってきたかを知りたくて、浄玄さんとはどんな人かを聞き、調べて来ました。

米沢藩から来たこと、79歳で天ヶ瀬湯山で息を引き取ったこと、いわゆる法華経を納経する六十六部であることなどから、時代背景を見ると、上杉鷹山の家来(下級武士)であったろうことがわかりました。

金子を持っていたことから、これは、上杉鷹山が藩政改革に尽力した家来に報奨金を与えたことによると思われます。喜寿を迎え77歳ごろから、いわゆる遊行の旅に出たのでしょう。天ケ瀬に来た様子を小説に書いてみました。

「遊行の果てに」には林芙美子文学賞に応募しました。

インド哲学では、人生は、学生期、家住期、林住期、遊行期と言われていますが、最近、人生そのものが遊行の旅なのかも知れないと思っています。人は何のために生まれ、生き、死んで逝くのでしょうか。

人が、肉体と精神と霊魂によっていのちがあるなら、肉体と朽ち果て、精神は思惟ですから消滅しても霊魂はどうなるのでしょうか。神仏のみもとにもどると思って人は幸いでしょう。

ある意味では、人生はその答えを求め、探し続ける旅かもしれません。還暦が過ぎ、古希が来て、喜寿を迎えるころには、その答えを見出したいものです。そろそろ人生の総決算の準備をしなくて生けない年になって来ました。

お互いに人生を振り返った時、よかったと思える日々を過ごしたいものです。それでは皆様のご健康をお祈りしつつ 南~無 合掌礼拝 徳温禅月。





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