2014年7月28日月曜日

「老人と病人と死人が教えてくれるもの」~仏教聖典より~

 おはようございます。
今、世界に起きていることほど、ひどいものはない。魑魅魍魎の悪霊が跋扈する時代なのか?イスラエル、ガザでの虐殺、ウクライナ旅客機撃墜、そして日常に潜む残虐な殺人行為が佐世保で起きた。「殺すことは無かれ」と仏陀もキリストも言った。殺すことは、許されていないどころが殺された人の魂も、殺人者の魂も傷つくのです。

「仏教聖典」(仏教伝道協会)「人間世界において悪事をなし、死んで地獄に堕ちた罪人に、閻魔王が尋ねた」物語があります。

閻魔王「おまえは人間の世界において悪事をなし、三人の天使に会わなかったか。」

罪人 「大王よ、わたしはそのような方にはあいません。」

閻魔王「それでは、おまえは年老いて腰を曲げ、杖にすがって、よぼよぼしている人を見なったか」

罪人 「大王よ、そういう老人ならば、いくらでも見ました。」

閻魔王「おまえはその天使に会いながら、自分も老いてゆくものであり、急いで善をなさなけらばならないと思わず、今日の報いを受けるようになった。」

閻魔王「おまえは病にかかり、ひとりで寝起きもできず、見るも哀れに、やつれはてた人を見なかったか。」

罪人 「大王よ、そういう病人ならいくらでも見ました。」

閻魔王「おまえは病人というその天使に会いながら、自分も病まなければならない者であることを思わず、あまりにもおろそかであったから、この地獄へくることになったのだ。」

閻魔王「次に、おまえは、おまえの周囲で死んだ人を見なかったか。」

罪人 「大王よ、死人ならば、わたしはいくらでも見てまいりました。」

閻魔王「おまえは死を警(いまし)め告げる天使に会いながら、死を思わず善をなすことを怠って、この報いを受けることになった。おまえ自身がしたことはおまえ自身がその報いを受けなければならない。」 (「仏教聖典」P97~P98)

人を死に追いやったものは、それが戦争であれ、殺人であれ、その報いを受けなければならないのです。あの世に天国(極楽)も地獄もあるかどうかわからないという人がいますが、この世で、天国も地獄も見ているし、天国、地獄も体験しているではありませんか。

この世と、あの世は、相関関係ですから、この世で地獄をつくるものはあの世では地獄であり、この世で天国をつくるもの、つまり善をなすものは、あの世でも天国にいるのです。魂の選別はそのように行われるのです。

それでは、わたしたちが善をおこなうことができますようにとお祈りしつつ、南無釈迦牟尼仏 合掌礼拝 徳温禅月。







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