2014年6月10日火曜日

「仏教聖典」を読む~理想の生き方~

 おはようございます。
昨日、現実の世界がどのようなものであるかを書きましたが、子どもを放置して自分は女のところに行き、死にいたらしめたり、女子高生を殺害し、山に遺棄するなど、餓鬼よりひどいことが日常茶飯事に起きています。悪魔・悪霊に憑依された人間がうようよしていることを教えなければなりません。

昨日、「聖書」のなかの「マタイの福音書」を読みかえしましたが、この現実世界をありありと書いています。宗教団体もあてにならない。隣国の宗教団体の最高責任者は、自己責任を明らかにせず、逃亡しています。これらの者はすべて悪魔に魅せられた人間です。

仏教聖典に「悪魔の領土は欲であり、闇であり、争いであり、剣であり、血であり、戦いである。そねみ、ねたみ、憎しみ、欺き、へつらい、おもねり、隠し、そしることである。」と書いています。このような現実の世界のなかで我々人間の生き方がどうあるべきかをお釈迦様は述べています。これが理想とする人間の生き方です。

「教えのしかれている世界では、人びとの心が素直になる。これはまことに、あくことのない大悲によって、常に人びとを照らし守るとkろの仏の心に触れて、汚れた心も清められるからである。

この素直な心は、同時に深い心、道にかなう心、施す心、戒を守る心、忍ぶ心、励む心、静かな心、智慧の心、慈悲の心となり、また方便をめぐらして、人びとに道を得させる心ともなるから、ここに仏の国が、立派にうち建てられる。

妻子とともにある家庭も、立派に仏の宿る家庭となり、社会的差別の免れない国家でも、こころの治める心の王国となる。

まことに、欲にまみれた人によって建てられた御殿が仏の住所ではない。月の光が漏れこむような粗末な小屋も、素直な心の人を主とすれば、仏の宿る場所となる。

ひとりの心の上にうち建てられた仏の国は、同信の人を呼んでその数を加えてゆく。家庭に村に町に都市に国に、最後には世界に、次第に広がってゆく。

まことに、教えを広めてゆくことは、この仏の国を広げてゆくことにほかならない。」ー「仏教聖典」(仏教伝道協会)P244-9行ー


仏の国を、神の国と置き換えると、聖書が述べていることと同一だと思うのです。クリスチャンの人は毎日、朝に夕に、聖書を読みます。仏教徒と称する日本人は今、何を指針としているのでしょうか。

わたしがこの仏教聖典を読むことをお薦めしているのは、真理を説き明かしているからです。宗教団体に入る必要のないし、欲にまみれた坊主の話を聴く必要もありません。毎日、少しづつ読んで、血肉にするのです。個人でも、ご家庭でも、この立証された仏教聖典を読みましょう。

それでは、皆様が危険から守られますようにお祈りします。南無釈迦牟尼仏 合掌 徳温禅月。






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