2014年6月2日月曜日

「仏教聖典」を読む~最後の教え3~

 おはようございます。
先日、由布院に行き、友人のお仏壇におまいりして、散策しました。夏の風が吹きわたり、木々が青々と生い茂り、さわやかな気分になりました。お釈迦様はインドの山や谷を歩き、村々で説法したのでしょう。

仏教聖典の1章、2節に最期の教えとなっていますが、とても省略できないので、皆さんに全文をご紹介したいと思っています。

「三、弟子たちよ、おまえたちはおの教えのもとに、相和し、相敬い、争いを起こしてはならない。水と乳とのように和合せよ。水と油のようにはじきあってはならない。

ともにわたしの教えを守り、ともに学び、ともに修め、励ましあって、道の楽しみをともにせよ。つまらないことに心をつかい、むだなことに時をついやさず、さとりの花を摘み、道の果実をとるがよい。

弟子たちよ、わたしは自らこの教えをさとり、おまえたちのためにこの教えを説いた。おまえたちはよくこれを守って、ことごとにこの教えに従って行わなければならない。

だからこの教えのとおりに行わない者は、わたしに会っていながらわたしに会わず、わたしと一緒にいながらわたしから遠く離れている。またこの教えのとおりに行う者は、たとえわたしから遠く離れていてもわたしと一緒にいる。」ー仏教聖典(仏教伝道協会)ー


聖徳太子ほど、仏教理解し、現実の政治に活かした方はいない。そしてそのことは今日の日本の礎になっています。太子のもっとも重要なお言葉は「和をもって尊しとせよ」で、相和し、相敬い、争いを起こしてならないという思想です。

現代社会のなかで、生きてゆくとき、相手がどのような考え方をしているかを理解して、付き合わないと問題が生じます。政治思想や宗教観がその人に影響を与えているわけですから、おのずと行動にも現れてきます。

世界を見渡すと、今大きく世界が二分してきているように思えてきます。共産主義・全体主義の亡霊が甦ろうとしています。仏教やキリスト教、イスラム教などの宗教と共産主義思想は、マルクスが提起した時から相入れないものだと思っています。

民主的国家でないところとどのように対峙していくか、付き合っていくか、水と油ははじきあうのです。世界のすべての国が真の意味で民主国家にならないかぎり、宗教や思想の自由も、認められないし、一部の特権階級のみが富を独占しているのです。

さて、そのような世界情勢のなかでも、仏陀の教えを守り、つまらないことに心をつかうことなく、むだなことに時をついやさず、さとりの花を摘もうではありませんか、道の果実を得ようではありませんか。

仏陀は言っています。時間を超えて、この教えの通りに行う者は、わたしとともにいると。それでは皆様の人生が豊かなものでありますようにお祈りします。南無釈迦牟尼仏 合掌 徳温禅月。





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