2014年5月26日月曜日

「仏教聖典」を読む~人生の意義~

 おはようございます。
沼田恵範氏の創業した(株)ミツトヨは連結で年商9500億円、従業員約5500人の世界に拠点を持つ精密測定機器の製造・販売の会社なのです。事業が仏教を根幹とする成功哲学・理念に証明されているのです。

このブログの読者の中には、経営者の方もおられましょうし、求道者もおられましょう。ぜひとも手元に「仏教聖典」をおいてください。この本はよくできていまして、巻末に生活索引というものがありまして、今問題になっている項目を読むことができます。またインターネットでも「仏教聖典」を読むことができます。
               東京三田にある仏教伝道協会・センタービル

大項目に「ほとけ」があり、第一章「史上の仏」で 「一、偉大な生涯」が書かれています。

「折から春の陽はうららかに、アショーカの花はうるわしく咲きにおっていた。妃は、右手をあげてその枝を手折ろうとし、そのせつなに王子を生んだ。天地は喜びの声をあげて母と子を祝福した。ときに四月八日であった。」

いい文章ですね。この一節に釈迦の誕生の様子がありありと見えてきますね。釈迦は仏陀としてうまれる星を持っていたと思うのです。なぜなら人はそれぞれミッションを与えられてこの世に生を受けてきていると思うのです。あなたもわたしもです。

釈迦は若い時から「沈思瞑想」して人生を見極めよう苦心した」のです。最初の悟りは、

 「人間が生きていることは。結局何かを求めていることにほかならない。しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。

 誤ったものを求めることと言うのは、自分が老いと病と死とを免れることを得ない者でありながら、老いず病まず死なないことを求めていることである。

 正しいものを求めことというのは、この誤りを悟って、老いと病と死を超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることである。今のわたしは、この誤ったものを求めている者にすぎない。」

 科学や医学が発達した現代社会では、STAP細胞などができれば、いつまでも若くいられるかのごとく思っている人がいます。死すら逃れられると豪語した先輩経営者がいましたが、愚か者を言わざるを得ません。

お釈迦様のこの痛烈な自己洞察こそ、すべての人間が、どんなに科学や医学は進歩しようが、必ず、年をとり老いて、病気を患い、死に至るからこそ、日常のなかで心身を静寂にする必要があるのです。

あなたもこの「仏教聖典」を手に取り、たった一度かぎりの、実り豊かな人生を歩んで欲しいと思う次第です。それでは、皆様が今日一日、安全無事でありますようにお祈りします。南~無 合掌 徳温禅月。

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                                        ※HPも検索できます。




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