2013年6月28日金曜日

それでも生きてゆこうよ!

  おはようございます。
青年会議所時代の先輩(65歳)が自死しました。そして、息子達の友人(35歳)が自死しました。私が自殺と書かないのは、いままで世間では自殺と言ったきましたが、身近な人の死をとおして、人間は自分を殺せるのかと思ったからです。だから彼らが死をえらび、向こうに行ってしまったので、お経をあげ、ご冥福を心からお祈りしました。

日本では、1998年から年間約3万人以上の方たちが自らのいのちを絶っています。アメリカも約4万人の方が亡くなり、中国では約20万人以上とも言われ、韓国は約4万5千人で自殺率が世界トップなのです。この傾向が世界各国に起きているのはなぜでしょうか。田原総一郎氏は日本人の自殺が多いのは、日本人の宗教的特性と言いましたが、違うんではないですか。

むしろ、政治は硬直化し、経済は停滞し、宗教は形骸化している世界を現しているように思えてなりません。それぞれの理由で、自死を選ぶわけですが、やはり、個人をここまで追い詰めていく社会に責任があると思います。

20世紀の世紀末から世界をおおう、異常気象による天候不順、世界経済の危機的状況、多くの人々が未来への希望をなくし、生活は悪化し、絶望のどん底にうちひしがれている。人類は自ら課した問題の解決能力はあるのか。神仏は救ってくれるのでしょうか。

まず自ら課した問題、異常気象、その一因が地球の温暖化にあるなら、その原因であるCO2の排出を減らすべきでしょう。同時に福島原発事故は、原子力発電いわゆる核というものを人間は制御できないことを教えてくれました。原発はやめないといけないしょ。

自然再生エネルギーへの転換を計るべきだし、私達ひとりひとりも電気使用を減らす努力しなければなりません。原発反対と言いながら、エアコンはつけっぱなし、水道の蛇口をすぐにしめない、家に太陽光発電を設置しない人を信用しない。アルゴア元副大統領みたいに、年間約300万円の電気を使用している人を信用しないし、彼は所詮、国民の痛みはわかっていない。

次の自ら課した問題、世界経済の危機的状況。確かに経済の発展によって、物質的には豊かになったが、デフレだインフレだとマスコミが情報を垂れ流し、金投資だ株式投資だと右往左往している、雀の涙ほどの儲けに一喜一憂している。市場に翻弄されているのが現状です。そして政治は制度をかえなければ何の変わらないのです。(直接民主主義制度への移行)

20世紀末から21世紀に価値観の転換を神様から迫らているのではないですか。それは「知足少欲」です。企業は業績拡大を追い求め、個人はあれがほしい、これがほしいと限りのない欲望の奴隷となっている。そうではなく、ロレックスの時計やルイビトンのバック、そして美食で自己満足するのではなく、「知足少欲」つまり、足るを知って、欲望を少なくする考えを持ち、実行することではないでしょうか。世界経済も拡大成長ではなく、質的成長(それは停滞ではない)に方向転換すべきだと思いませんか。

そして、宗教の形骸化です。真の宗教は、仏教なら妙好人(浄土真宗など在家信者)の生き方やキリスト教ならプロテスタント聖徒の覚醒にこそあるのです。宗教にお金が要ることはないでしょう。宇佐神宮にお祈りをしたいと思って行ってもお金は取りません。今こそ宗教の原点にかえる時なのです。それは神仏に触れ、神仏と語らい、神仏から啓示をいただくことです。

人間が神を恐れず、核をつくり、遺伝子にも手を出すほど人間って偉いのでしょうか。世界のどこでも、宗教であるおおもとの教えで、おおもとつまり神仏を敬い、祈りを捧げることを通して、人間は生きてきたのです。今、神様から人間よおまえは何様かと言われているのではないでしょうか。私達一人一人が、神と共に自然のなかで生き、希望にみちた世界、地球になるように努力しましょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿